庄野潤三の世界

「大阪文学名作選」~庄野潤三「相客」で味わう英国エッセイの趣き

「大阪文学名作選」~庄野潤三「相客」で味わう英国エッセイの趣き
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講談社
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富岡多恵子編集「大阪文学名作選」(講談社文芸文庫)読了。

神奈川県生田市のイメージが強い庄野潤三は、実は大阪の出身で、本書にも初期の短篇「相客」が収録されている。

「相客」は、昭和32年10月の「群像」に掲載され、作品集『静物』(昭和35年、講談社)に収録された。

「相客」の作品名は、庄野さんが若かりし時代に親しんだガーディナー(イギリスのエッセイスト)の「ア・フェロー・トラヴェラー」というエッセイに因んでいる。

ロンドンを出発した列車の客がみんな降りてしまって、いつの間にか、作者一人が取り残されていたが、誰もいないと思っていた列車の中に、一匹の「蚊」がいるのを発見する。

作者は、この「相客」に話しかけているうちに、ふと気が付くと、列車は到着駅に着いていて、顔見知りの駅員に起こされる、そんな話だ。

庄野さんの「相客」という短篇小説は、ガーディナーのエッセイを挟んで、二つのエピソードで構成されている。

前半は、「弟」がオールナイト食堂で見た男の話で、その男は、自分は「おこうこ」だけは食べられないこと、子どもの頃に朝鮮へやられたときに「おこうこ」を出され続けたことなどを話していたらしく、物語の語り手である「私」は、子どもの頃に朝鮮へやられたという男の人生に思いを馳せている。

そして、「本人が真面目であるのに、物事がちぐはぐにうまい具合に行かないのを見る時には、滑稽な感じを伴うものである」「そういうことは、貧乏な人間と金持とでは、貧乏な人間の方に起こりやすいように思われる」と考えた後で、もう一つの話を思い出す。

ガーディナーの「ア・フェロー・トラヴェラー」というエッセイを挟んで語られる「私」のもうひとつの話は、戦争に行った「兄」の話だ。

戦争中に俘虜収容所の副官をしていた「私の兄」は、戦後、戦犯の容疑で巣鴨プリズンへ送られることとなり、東京までの移動にあたって、家族一人の同伴が認められたので、「弟の私」が巣鴨まで見送りに行くことになった。

「私」は、大阪府庁での最後の面会の際に、家族が兄に「御馳走ずくめの弁当」を食べさせたこと、MPの運転するジープに初めて乗ったこと、駅の構内で広々とした進駐軍将兵専用の待合室に入れられた時に見た「自由に旅行できるアメリカ軍人」のことなどを思い出した後で、東京行きの列車の中で「相客」となった「その人」について語り始める。

大阪府庁から一緒だった「その人」も、「私の兄」と同じく、巣鴨プリズンへ連行されるところで、列車内での道中、「私」は「その人」の戦争中の行いについて聞きながら「この人は助からないかもしれない」と思う。

夕飯の時間になったので、「私」は持参した弁当を、「私の兄」や「その人」や二人の刑事と一緒に食べながら、父から渡されたウイスキーをみんなに勧める。

「私は軍隊にいる間に、めしをさかなにして酒を飲むくせがついてしまいましてね」と言って、「その人」は、いくらも飲まないうちから飯の方に箸をつけ出した。

「今では酒とめしを同時に始めないと、酒の味がしない」と言った男の言葉を思い出したところで、この物語は終わるのだが、ガーディナーのエッセイを引用して、二つのエピソードを巧みに組み合わせているところは、いかにも庄野さんらしい作品だと思った。

今ひとつ分からないのは、どうしてこの作品が「大阪文学名作選」に収録されたのかということだ。

「兄」と大阪府庁で面会した「私の家族」が「御馳走づくめの弁当」を食べさせる場面は出てくるが、殊更に大阪らしさを感じさせるものではないし、むしろ「兄」がこれから向かおうとしている「巣鴨プリズン」の不気味さを強く感じると言っていい。

大阪帝塚山の出身と言いながらも、東京に出てから本格的に作家としての活動を始めた庄野さんには、大阪土着の小説が少ないということなのかもしれないが、「井原西鶴や近松門左衛門から脈々と連なる」「色と欲に翻弄される愛しき人の世をリアルに描く」などと解説されている「大阪文学」の世界とは、明らかに一線を画しているのではないだろうか。

いっそ「大阪文学」という概念を飛び越えて読み始めなければ、この短篇小説の味わいは楽しめないかもしれない。

「相客」は大阪文学というよりも、庄野さんが強く影響を受けた、イギリスのエッセイ文学の文脈でこそ語られるべき名作だと思う。

庄野さんの初期の作品を読むことができるという意味では、大いに歓迎したい(ちなみに「相客」は新潮文庫『プールサイド小景・静物』にも収録されている)。

書名:大阪文学名作選
編者:富岡多恵子
発行:2011/11/10
出版社:講談社文芸文庫

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。