太宰治「走れメロス」読了。
久しぶりの「メロス」だが、何度読んでも小気味いいのは、リズム感ある文章構成故だろう。
まるで音楽を聴いているかのように小説を読ませるのは、さすがに太宰治ならでは。
一方で、物語の展開には相変わらず疑問を禁じ得ない。
人を信用できない悪い王様がいる。
怒ったメロスが王様に抗議する。
メロスは死刑を宣告されるが、妹の結婚式の間だけ、死刑を待ってくれと懇願する。
王様は拒絶するが、メロスは親友を人質として置いてゆくと言う。
三日以内に自分が戻らなければ、親友を殺してもかまわないと言う。
王様はメロスの提案を受け入れる。
どうせ、こいつは戻って来やしない。
人の心は信じられないということを示す、ちょうどいい見本だ。
メロスの親友セリヌンティウスは、メロスの依頼を快く受け入れる。
メロスは村に戻って、無事に妹の結婚式を終える。
ところが、王様の城へ戻る途中で、様々な困難が待ち受けている。
大雨で川が氾濫していて渡れない。
メロスはどうにか川を泳ぎ切る。
山賊が現れて、メロスの命を寄こせと言う。
メロスは山賊を撃退して、城へと走る。
しかし、メロスの体力はもう限界だった。
あきらめようか。
メロスの心に、弱気な気持ちが入り込む。
私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。(太宰治「走れメロス」)
しかし、メロスは不屈の魂を取り戻して、処刑寸前の城内へと滑り込む。
喜び合うメロスとセリヌンティウス。
メロスは、自分が一度だけあきらめかけたことを告白し、セリヌンティウスは自分が一度だけメロスが戻って来ないのではないかと疑ったことを告白する。
互いに殴りあい、そして抱擁しあう二人。
素晴らしい友情を目の当たりにして、王様はすっかりと改心する。
「おまえらの望みは叶かなったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」(太宰治「走れメロス」)
どっと群衆の間に沸き起こる「万歳、王様万歳」の歓声。
一人の少女が全裸のメロスに真っ赤なマントを差し出した。
めでたし、めでたし。
、、、って、メロスとセリヌンティウスの友情も、簡単に改心してしまう極悪な王様も、めちゃくちゃシンプルで、いかにも嘘くさい。
しかも、これを書いているのが太宰治だから、読者はなおさらのことインチキくさいと感じてしまうのだ。
「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」
熱海の旅館に滞留している太宰を檀一雄が迎えに行ったとき、宿代を支払えなかった太宰は、壇を身代わりに置いて、東京の井伏鱒二のところへ金を借りに出かけた。
何日経っても戻ってこない太宰にしびれを切らした檀が井伏家へ乗り込むと、太宰は井伏さんと二人、悠々と将棋を指していたという。
キレた檀に向かって太宰が言った一言が「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」。
これこそ、まさしく等身大の太宰治であって、「走れメロス」は、そんな太宰が描いた夢物語(ファンタジー)の世界である。
そもそも、太宰だって、そんなに美しい友情が実際に存在するとは考えていなかっただろうし、悪い人間がそんな簡単に改心するなんて思ってもいなかったに違いない。
「走れメロス」は、しょせんは小説の中だけで成立する架空の物語なのだ。
ただ、もしかすると、、、と思うのは、太宰は、実は自分自身こそが変わりたいと思っていたのではないだろうか?、ということである。
愛し合った女性との間で、互いに信じあうことのできる美しい純愛を、太宰は求めていた。
しかし、女性を信じるきることのできない自分を、太宰は変えたいと願っていたのだ。
愛する妻に裏切られた過去を持つ太宰だからこそ、そんな発想があってもおかしくはない、、、としたらおもしろいけれど、太宰だったら「変わる必要があるのは自分じゃなくて女の方だ」とか言い出しそうな気もする(笑)
まあ、そうやって読んでいくと「走れメロス」も、意外と悪くない作品だと思う。
作品名:走れメロス
書名:教科書で読む名作 走れメロス・富嶽百景ほか
著者:太宰治
発行:2017/04/06
出版社:ちくま文庫
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