庄野潤三の世界

家族小説だけじゃない!? 庄野潤三の隠れた名作おすすめ5選

庄野潤三と言うと、「夫婦の晩年シリーズ」に代表される家族小説の小説家というイメージがありますが、決して家族小説だけを書いてきわたわけではありません。

別記事「庄野潤三の全著書目録(完全版)」をご覧いただくと分かりますが、庄野さんには実にいろいろなタイプの作品があります。

1950年代初めにデビューして、2000年代まで半世紀以上に渡って現役作家として活躍してきたのだから、当然と言えば当然です。

今回は、家族小説以外の庄野さんのお勧めな作品をご紹介したいと思います。

なお、家族小説のお勧め作品については、別記事「庄野潤三のおすすめ「家族小説」5選~5人家族から夫婦の晩年まで」で詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。

庄野潤三のおすすめ「家族小説」5選~5人家族から夫婦の晩年まで
はじめての庄野潤三~おすすめ「家族小説」の名作5選コロナ禍の自粛生活の中で、庄野潤三さんの著作を集中的に読んできました。 今回は、庄野さんの作品で特に人気の高い「家族小説」の中から...

「エイヴォン記」1989年(昭和64年)

『エイヴォン記』は、庄野さんの孫娘であるフーちゃん(庄野文子)が、庄野さんの作品に本格的に登場した最初の作品で、『鉛筆印のトレーナー(1992年)』『さくらんぼジャム(1994年)』と合わせて「フーちゃん3部作」と呼ばれています

あれ、それじゃあ、『エイヴォン記』も家族小説なんじゃないの?との声が聞こえてきそうですが、『鉛筆印のトレーナ』と『さくらんぼジャム』が家族小説であるのに対して、『絵エイヴォン記』は家族小説ではありません。

その最大の理由は『エイヴォン記』は庄野さん自身の読書体験を軸とした長編随筆であるからです。

チェーホフやツルゲーネフ、トルストイ、トマス・ヒューズ、デイモン・ラニアン、ドロシー・キャンフィールドなど、庄野さんの文学体験はとても斬新で、ここに登場している作品全部を読みたくなってしまいます(ほぼすべての作品が入手困難ですが)。

この庄野さんの読書体験を縦軸とすると、横軸として随筆を立体的に構築しているのが、2歳の孫娘フーちゃんと、近所の清水さんから頂いたバラの花です。

古い文学作品の話をした後で、清水さんのバラの話とフーちゃんの話を少し。

そんなふうにして、この長編随筆は進んでいきますが、庄野さんの文学体験は本当に秀逸なので、ぜひ、多くの方に読んでいただきたいと思える名作です。

庄野潤三「エイヴォン記」懐かしの文学案内と孫物語で綴る連作エッセイ
庄野潤三「エイヴォン記」懐かしの文学案内と孫物語で綴る連作エッセイ庄野潤三さんの「エイヴォン記」を読みました。 初めての小学館「P+D BOOKS」の感想も書いておきます。 書名:エイヴ...

「ガンビア滞在記」1959年(昭和34年)

1954年(昭和29年)に芥川賞を受賞した庄野さんは、1957年(昭和32年)の秋から翌1958年(昭和33年)の夏まで、夫人とともにアメリカのオハイオ州ガンビアという小さな村にあるケニオン・カレッジという大学へ留学します。

庄野さんは日々、ガンビアでの生活の記録をノートブックに記録して過ごしますが、この一年間のアメリカ留学の体験をまとめたものが『ガンビア滞在記』です。

アメリカ留学は、庄野さんに非常に大きな影響を与えていて、『ガンビア滞在記』よりもさらに詳細な記録を『シェリー酒と楓の葉(1978年)』『懐しきオハイオ(1991年)』という長篇作品としてまとめるほか、多くの短篇小説として発表しています。

詳細な記録という意味では『シェリー酒と楓の葉』や『懐しきオハイオ』が優れていると言えそうですが、『ガンビア滞在記』には留学からの帰国後直後に書かれたというリアルな緊張感があります。

太平洋戦争敗戦の復興から、まだ間もない時期のアメリカで、庄野夫妻は何を体験し、何を感じていたのか。

とは言え『ガンビア滞在記』は、あくまでも庄野潤三という作家の長編小説です。

小説の舞台になっているのは、かつての敵国アメリカではなく、平和の中で穏やかに暮らす普通の人々が生きる普通の町です。

後年の家族小説にも通じる庄野文学のリズムが、この小説には流れているようです。

庄野潤三「ガンビア滞在記」その日から庄野夫妻は小さな町の住民になりきった
庄野潤三「ガンビア滞在記」その日から庄野夫妻は小さな町の住民になりきった庄野潤三さんの「ガンビア滞在記」を読みました。 アメリカの小さな街へ行ってみたくなりますよ、きっと。 書名:ガンビア滞在...

「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」1984年(昭和59年)

庄野さんが若き日から夢中になって愛読してきたイギリスのエッセイストに『エリア随筆』の著者であるチャールズ・ラムがあります。

福原麟太郎『チャールズ・ラム伝』でも知られるこのエッセイストを、庄野さんは生涯こよなく愛し続けましたが、そのラムが生きて暮らした街・ロンドンを訊ねたときの記録が、この『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』です。

基本的にはイギリス旅行の紀行文なのですが、旅行の記録以上にチャールズ・ラムの話がほとんどのページを埋めています。

ラムの足跡を辿る旅なので当然と言えば当然なのですが、庄野さんと同じようにラムを愛した福原麟太郎さんへの敬意を表する文章なども多数埋め込まれていて、まあ、かなりマニアックなチャールズ・ラム紀行といったところでしょうか。

それだけに内容は濃く、読み応えもたっぷりで、庄野さんの代表作として、この作品を推挙する作家や編集者も少なくないようです。

この作品で、チャールズ・ラムを学んだという庄野潤三ファンも多いのではないでしょうか(僕もその一人です)。

庄野潤三「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」チャールズ・ラムの旅
庄野潤三「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」チャールズ・ラムの旅庄野潤三さんの「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」を読みました。 内容ぎっしり、読み応えたっぷり! 書名:陽気なクラウン・...

「前途」1968年(昭和43年)

夫婦や家族をモチーフとして小説を書くことの多かった庄野さんの中で、『前途』はちょっと異色とも言える作品です。

というのも、この作品は、庄野さんの学生時代の体験を元に綴られた青春小説となっているからです。

青春小説と言っても戦争中の話であり、艶めかしい女性関係などのエピソードは一切なく、戦時下で文学と向き合い続けた文学青年たちの青春群像が、透明感のある美しい筆致で描かれています。

注目すべきは、文学上の師である詩人の伊東静雄が実名で登場していて、文学を志す大学生「漆山正三」(庄野さん自身がモデル)に対して、多くのアドバイスを与えている場面で、後の庄野文学の読解に役立つ重要なエピソードが、たくさん紹介されています。

苦しいほどに文学を愛した青年たちの純粋な生き様は、読者の胸を強く打つことでしょう。

庄野潤三「前途」戦時を生きる文学青年たちの青春群像
庄野潤三「前途」戦時を生きる文学青年たちの青春群像 庄野潤三の長編小説「前途」読了。 あとがきがないので、帯文を読んでみる。 学徒出陣を目前にした青春—苛烈な<...

「文学交友録」1995年(平成7年)

『文学交友録』は、庄野さん初の文学的自叙伝と呼ばれている作品です。

庄野文学に影響を与えた文学者たちがたくさん紹介されていますが、「交遊録」ではなく「交友録」というのが庄野さんらしいところ。

あくまでも仲の良かった人たちとも思い出の日々を綴ったものということで、伊東静雄、島尾敏雄、林富士馬、坂田寛夫、安岡章太郎、福原麟太郎、井伏鱒二、河上徹太郎、小沼丹など、庄野さんが本当に好きだったんだろうなあという人たちばかりが、次々と登場。

他の作品でも読むことのできるエピソードが中心ですが、それだけ庄野さんは友人たちとの思い出を大切にされて生きてきたのだと思います。

特徴的なこととして、肉親である次兄の庄野英二が含まれていること。

夫婦の晩年シリーズでは「英二伯父ちゃんのばら」として繰り返し登場している庄野英二さんですが、児童文学者であるこの兄のことを、庄野さんは本当に慕っていたのでしょうね。

友人や仲間たちを語りながら、庄野さん自身の人柄を語っている、ほのぼのとした庄野文学史です。

庄野潤三「文学交友録」友を語る言葉の中にある温かさ
庄野潤三「文学交友録」仲間たちを語る言葉の中にある温かさ 庄野潤三「文学交友録」読了。 帯文には「初めての文学的自叙伝」とある。 庄野文学に影響を与えた文学者たちが、庄野さん...

いかがでしたか?

以上、今回は「家族小説ではない」庄野潤三のおすすめ作品をご紹介しました。

今回の作品を並べてみると、庄野文学の世界が実に多様であることが分かります。

夫婦の晩年シリーズで庄野さんの作品に興味を持ったという方は、次に新しい庄野文学の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。

参考になれば幸いです。

ABOUT ME
じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。