庄野潤三の世界

庄野潤三「セーラの話」『小学六年生』掲載の『ガンビア滞在記』番外編

野潤三「セーラの話」あらすじと感想と考察

庄野潤三「セーラの話」読了。

本作「セーラの話」は、1961年(昭和36年)4月『小学六年生』に発表された短編小説である。

この年、著者は40歳だった。

なお。作品集には収録されていない。

ガンビアに対する庄野さんの郷愁

本作「セーラの話」は、アメリカ・オハイオ州のガンビア滞在中の体験を素材とした物語である。

つまり、『ガンビア滞在記』の落穂拾い的な作品と言えるだろう。

主人公は、<サトクリッフ>さんの長女<セーラ>である。

サトクリッフさんは、ケニオン大学の英語の先生で、庄野夫妻夫妻とも交流が深く、『ガンビア滞在記』をはじめとする一連の「ガンビアもの」にも、もちろん登場している。

初対面のとき、セーラは、フィンランド式のおじぎをして挨拶をしてくれる。

おとうさんが、「日本から来られた庄野さんですよ」と言うと、その子は手をさし出し、片方の足をうしろに引いて、ちょっとからだを下げるようにして、「はじめまして、ミセス庄野」と、私の妻に、それから私にあいさつをしました。(庄野潤三「セーラの話」)

このとき、セーラは8歳の少女だった。

サトクリッフさんは、ヘルシンキの大学で一年間だけ英語を教えたことがあり、前年まで家族揃ってフィンランドで暮らしていたのである。

それからセーラは、庄野さんの妻に、フィンランドの言葉を教えてくれる。

かみをお下げにした、小さくて細い顔をした女の子がゆっくりと、一語一語話すフィンランドのことばは、さっきのおじぎと同じように、美しいひびきを持っていました。「この子は知らない国の人から話を聞くのが好きです。なにか日本のことばを書いてやってください」と、サトクリッフさんが言いました。(庄野潤三「セーラの話」)

「セーラの話」は、セーラという一人の少女を通して、庄野夫妻とガンビアの人々との交流の様子を描いた、アメリカの物語である。

「四年前」に妻と訪れたガンビアに対する庄野さんの郷愁が伝わってくるような気がする。

庄野家とサトクリッフ家との交流は続く

「セーラの話」は、小学生向け学習誌『小学六年生』に掲載された作品だが、特別に小学生向けというわけでもない。

いつものように、特別のストーリーはなく、アメリカで見たり聞いたりしたことを、まるで作文のように綴っている。

強いていえば、主人公が八歳の女の子であるということと、「ですます体」の文体が柔らかい印象を与えているといったことくらいだろうか。

これは本当に『ガンビア滞在記』の番外編だったのだ。

二度目にサトクリッフさんの家へ夕食に招かれた時のことです。やはり食事が終わったあとで、セーラは手と足の長い人形を持って来て、それを抱いてダンスをしました。その人形は足の先にゴムかなにかついていて、セーラの両方の足にぴたりと吸いついたようにくっついているのです。(庄野潤三「セーラの話」)

人形とのダンスを披露する少女は、いかにもアメリカっぽい。

庄野さんが、日本の子どもたちに伝えたかったことのひとつが、アメリカの普通の家庭で暮らす、普通の少女の姿だっただろう。

そして、もうひとつ、いちばん伝えたかったことは、日本の家庭とアメリカの家庭との間で、心の交流が成立するということである。

セーラの描いた絵を、日本にいる庄野さんの長女(小学四年生)に送ると、折り返し、長女からセーラに宛てた手紙が届いた。

庄野さんは、日本語の手紙に英語の訳を付けてセーラへ届ける。

「セーラは返事を書くといっていますが、まだ書いていません。『わたしは返事を書くが、いつそれを書くかということは言えない。しかし、いつか必ず書く』と言っています」そう言って笑いました。セーラはおもしろい子だ。しかし、セーラの考えを尊重して、むりに早く返事を書かせようとはしないおかあさんも偉いと私は思いました。(庄野潤三「セーラの話」)

手紙の話はそれきりで、セーラから長女(夏子さんだろう)へ、本当に手紙が届いたどうかは分からない。

だが、庄野家とサトクリッフ家との交流は、確かに続いている。

日本へ帰ってから、一度セーラから私の長女あてに絵本を送って来ました。その本は『がんこ者のロバ』という題でした。(庄野潤三「セーラの話」)

ひねったところのない、素直なお話である。

こういうお話こそ教科書に掲載して、子どもたちに考えさせてもよいのではないだろうか。

小説の醍醐味ということとは、ちょっと違うかもしれないけれど。

作品名:セーラの話
著者:庄野潤三
雑誌名:小学六年生
発行:1961/04
出版社:小学館

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。