村上春樹の世界

村上春樹「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」絶望の中の希望

村上春樹「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」あらすじと感想と考察

村上春樹「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」読了。

本作「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」は、1995年(平成7年)2月『太陽』掲載の「パーカー万年筆」の広告として発表された短篇小説である。

この年、著者は46歳だった。

作品集としては、1995年(平成7年)6月に平凡社から刊行された短編集『夜のくもざる―村上朝日堂超短篇小説』に収録されている。

なお、本作は、国語教科書『高等学校 現代文B』(明治書院)や『精選 文学国語』(三省堂)に採用されている。

夜中の汽笛くらいに女の子のことが好きな少年の物語

本作「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」は、いわゆるショート・ショート作品である。

国語の教科書でも全部で3ページしかないんだけれど(!)、短い作品というのは実に解釈が難しい。

文章が少ない分だけ、読者の裁量が大きく、解釈は読み手の受け止め方によって大きく変わるからだ。

逆に言うと、短い作品というのは、自由度が高い分だけおもしろい、ということにもなるんだけれど。

この作品を読んだとき、議論となることはおそらく二つあって、一つは「夜中の汽笛」とは何かということ、そして、もう一つは「物語の効用」とは何かということである。

物語の語り手である<男の子>は、<女の子>から「あなたはどれくらい私のことを好き?」と訊かれて、「夜中の汽笛くらい」と答える。

「夜中の汽笛くらいに女の子が好き」というのは、どういうことなのだろうか。

男の子が話し始める物語が、その説明となっている。

真夜中に目が覚めたとき、男の子は暗闇の中にいる。

それは「死んでしまいたいくらい悲しくて辛い気持ち」だ。

いや、そうじゃない、死んでしまいたいというようなことじゃなくて、そのまま放っておけば、箱の中の空気が薄くなって実際に死んでしまうはずだ。それはたとえなんかじゃない。ほんとうのことなんだよ。(村上春樹「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」)

厚い鉄の箱に詰められて、深い海の底に沈められたような孤独の中で、男の子は遠く汽笛の音を聞く。

聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな音だけれど、男の子には、それが汽車の汽笛であることが分かる。

「それはみんなその小さな汽笛のせいなんだね。聞こえるか聞こえないか、それくらい微かな汽笛のせいなんだ。そして僕はその汽笛と同じくらい君のことを愛している」(村上春樹「夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について」)

少年の短い物語が終わり、やがて、今度は少女が、彼女の物語を語り始める――

絶望の中の希望と伝えることの大切さ

いろいろな解釈があるとは思うけれど、僕は、少年の聞いた汽笛を未来への希望として読んだ。

物音ひとつ聞こえない暗闇は、少年の絶望(あるいは失意)である。

絶望の中で聞こえた微かな汽笛は、少年に残された未来へのわずかな希望だ。

その希望は小さいけれど、確かに明るく、少年に大きな勇気を与えてくれる。

少年の目の前にいる女の子は、その希望を具現化した存在であり、自分を絶望の中から救い出してくれた汽笛と同じくらい、彼女のことを愛していると感じている。

はっきり言って、ものすごくキザで嫌みったらしい愛情表現だと思うけれど、それが、村上春樹の小説というものである(嫌いな人はあきらめるしかない)。

「物語の効能」とは、つまり、伝えることの大切さではないだろうか。

どんなに少女を愛していても「言葉」にしなければ伝わらないものがある。

同じように、「物語」にしなければ伝わらない愛情表現というのも、確かにあるのだ。

もっとも、こういう愛情表現というのは、「ちゃんと伝わる女の子」と「ちゃんとは伝わらない女の子」とがいるものだから気をつけた方がいい。

誤爆したら大惨事になること間違いなしだ。

昔、『ノルウェイの森』という小説の中で、ガールフレンドの<緑>が、物語の語り手である<ワタナベくん>に、「どのくらい私のこと好き?」と訊ねる場面があった(村上春樹は、こういうシチュエーションが好きなんだよね)。

このとき、ワタナベくんは「春の熊くらい好きだよ」と答える。

「春の野原を君が一人で歩いているとね、向こうからビロードみたいな毛なみの目のくりっとした可愛い子熊がやってくるんだ。そして君にこう言うんだよ。『今日は、お嬢さん、ぼくと一緒に転がりっこしませんか』って言うんだ。そして君と子熊で抱き合ってクローバーの茂った丘の斜面をころころと転がって一日中遊ぶんだ。そういうのって素敵だろ?」(村上春樹「ノルウエィの森」)

ワタナベくんの物語を聞いて緑ちゃんは「すごく素敵」と感激するのだが、こういうのも、一般的にはかなり微妙だと思う。

「それくらい君のことが好きだ」とか言われても、ねえ、、、

少なくとも、現代の高校生が真似するのは、かなりハードルが高そうだ。

作品名:夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について
著者:村上春樹
書名:夜のくもざる―村上朝日堂超短篇小説
発行:1995/06/10
出版社:平凡社

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