庄野潤三の世界

庄野潤三『野鴨(八)』「ヘンゼルとグレーテル」とロンドン時代の父

庄野潤三『野鴨』の<二十二>から<二十四>まで。

『野鴨』は季節の移り変わりを繊細なタッチで綴った連載小説である。

四季があるというだけで、日常生活はこんなにも楽しくなる。

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ちゃんとしたカラーを上着の襟につけ、十日ほど学校へ行ったら、衣替えの六月になった

『野鴨』の<二十二>は、庭へやって来る野鳥のためにパン屑を撒いた話から始まる。

庭に撒いたパン屑が太陽の光を浴びている様子を見て、井村は「パン屑があんなに光るのか」と感心している。

そして、「森へ行く道で、何度も立ち止っては、お昼の弁当に貰った小さいパンを、少しずつちぎって地面に投げたのは、兄さんのヘンゼルだったな」と、グリム童話集の中の、ヘンゼルとグレーテルの物語を思い出す。

グリム童話集は、庄野さんの作品ではおなじみの物語で、「さまよい歩く二人」や「星空と三人の兄弟」といった短篇小説は、グリム童話を素材として上手に活用している。

井村は、机の前を離れて、子供の部屋へ行った。膝かけも、机の下の湯たんぽとそれをくるむ座布団も片附けてしまったので、出入りはたやすくなった。良二の寝台のうしろに本棚がある。グリム童話集は、よく借り出すので、大体どの辺にあるかということは吞み込んでいる。(庄野潤三「野鴨<二十二>」)

ちなみに、今回出てくる『グリム童話集』は植田敏郎の訳によるもの。

やがて、雀がやってきてパン屑を食べる様子を、井村は丹念に観察している。

次の<二十三>は、高校二年の良二の、制服につけるカラーが、首のうしろのところで折れてしまった話。

制服のカラーは消耗品だから、高校に入学してから何度か取り替えている。

今回も、井村の妻が、三十九センチのサイズの商品を探し求めて、お店を訪ねて回るが、人気のあるサイズなのか、なかなか見つからない。

最後の店で、ようやく三十九センチのカラーを見つけて、妻は喜ぶ。

「ああ、よかったわ。包まなくて結構ですから」妻はお金を払って、店を出た。良二が、折れかかってもいないし、ホッチキスでとめてもいない、ちゃんとしたカラーを上着の襟につけ、十日ほど学校へ行ったら、衣替えの六月になった。上着なしで、ワイシャツだけで通学してもいいようになった。(庄野潤三「野鴨<二十三>」)

ようやくカラーを見つけたと喜んでいたら、間もなく、衣替えになったというところで、作品は終わっている。

これも『サザエさん』的にユーモラスな落ちということができるだろう。

父が下宿していたのは、ロンドンのどの辺だろう。

次の<二十四>は、「梅雨に入ったというのに、雨はあまり降らなかった」という一文からはじまる。

それから、みやこわすれの話になってから、和子の住んでいる黍坂にある田圃の話へとつながっていく。

場面が変わって、ロンドンへ行っている井村の友人から届いた便りの話になる。

「ロンドンへ行っている井村の友人」というのは、庄野さんの盟友・小沼丹のことである。

「井村の友人は、ロンドンの西部にある古い住宅街に借家を見つけて、少し前に勤めをやめた下のお嬢さんと二人で暮している」とあるが、このときのロンドン滞在の記録を、小沼さんは『椋鳥日記』という作品にまとめている。

それから、井村は、かつて自分の父が、ロンドンに滞在したことがあることを思い出す。

井村は、昔、ロンドンで市内の学校を参観してまわっていた父のことを思い出した。それは、彼が小学一年のころだから、随分昔になる。父が下宿していたのは、ロンドンのどの辺だろう。いま、彼の友人が娘さんと二人で暮している地域とは、まるきり違った方角ではないような気がするが、どうだろう。(庄野潤三「野鴨<二十四>」)

井村は、父が分厚い単行本にして残した旅行記を取り出してくる。

どうやら、父のいたところも、静かな住宅町であったらしい。

大英博物館の図書館で、父が署名した住所を見た書記が、「スイス・コテッジ。僕は五十年前あそこに住んでいた。いいところだった。恋しいね」と言ったとある。

いい話だなあと思った。

書名:野鴨
著者:庄野潤三
発行:1973/1/16
出版社:講談社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。