庄野潤三の世界

庄野潤三「南九州への旧婚旅行」夫婦で参加した四泊五日の南国ツアー

庄野潤三「南九州への旧婚旅行」夫婦で参加した四泊五日の南国ツアー

庄野潤三「南九州への旧婚旅行」読了。

本作「南九州への求婚旅行」は、1968年(昭和43年)10月『旅』に発表された紀行文である。

この年、著者は47歳だった。

なお、作品集には収録されていない。

旧婚旅行ツアーに参加した庄野夫妻

本作「南九州への旧婚旅行」は、交通公社の企画した旧婚旅行ツアーに夫婦で参加した際のルポルタージュである。

「旧婚旅行」という言葉を最近は聞かない。

今度の旅行は、とても新婚旅行どころではない時代に一緒になった人たちのために、いたわりとお祝いの心持をこめて企画されたものであるらしい。(庄野潤三「南九州への旧婚旅行」)

敗戦から復興して、高度経済成長期を迎える頃、日本の人たちもようやく余裕のある暮らしを送ることができるようになり、昭和40年には「新婚旅行」がブームとなった。

特に、南国・宮崎への新婚旅行は若者たちに人気で、「フェニックスハネムーン」と呼ばれたが、戦争中や戦後直後に結婚した人たちは、もちろん新婚旅行に行く余裕なんてなかった。

生活が落ち着いた今、改めて結婚記念の旅行に出かけようということで流行したのが、結婚後数十年経た熟年者たちによる「旧婚旅行」である。

庄野夫妻が結婚したのは、1946年(昭和21年)1月で、まさしく終戦直後の混乱期だったから、のんびりと旅行へ出かけるなどということはなかっただろう。

結婚22年目の記念に、庄野夫妻も、この「旧婚旅行ツアー」に参加したのである(仕事を兼ねて)。

ツアーは、1968年(昭和43年)7月25日に東京を出発、大阪でツアー参加者と合流後、関西汽船で九州に入り、別府、宮崎、鹿児島、長崎を周遊している。

改札口を通り抜けると、そこにも大勢の人が出迎えてくれていて、正面に宮崎交通の可愛いお嬢さんが「ようこそ南九州旧婚旅行団」と書いた幕を前にして一列に並んでいた。宮崎の市長さんが歓迎の挨拶を述べられる。続いて、ライン・ダンスの踊り子のような宮崎交通のお嬢さんが、前へ出て一人ずつ、花束をわたしてくれた。(庄野潤三「南九州への旧婚旅行」)

一行は、どこでも大歓迎でもてなされたらしい。

厳しい戦中戦後の時代を生き抜き、復興・日本を支えてくれた人たちの旅行である。

「旧婚旅行」は、日本の戦後にけじめを付ける、ひとつの節目のようなイベントだったのかもしれない。

開聞岳の中腹で記念植樹をする庄野夫妻(『旅』1968/10))開聞岳の中腹で記念植樹をする庄野夫妻(『旅』1968/10)

風景描写ではなく人間描写の紀行文

本エッセイでは、ツアーに参加した熟年夫婦の生き生きとした様子が、いかにも庄野さんらしい文章で、のんびりと描かれている。

私は、この御主人と奥さんの交わす、のんびりとした会話を別のところで──血の池地獄を見物している時にも耳にしたことを思い出した。御主人がカメラを池の真中へ向けていると、そばから奥さんが声をかけた。「あのトリ、入る?」「トリ? トリ、どこにいんねん?」「赤い鳥居やないの、あそこの」「鳥居か。トリかと思うた」(庄野潤三「南九州への旧婚旅行」)

庄野さんの紀行文は、風景描写ではなく人間描写である。

こんなツアーに参加したら、庄野さんはメモを取るのに、さぞかし忙しかったに違いない。

なにしろ、個性豊かな人たちがたくさん参加しているのだから。

鵜戸神宮(宮崎県日南市)へお詣りしたとき、一行の代表としてお神酒を頂きながら、庄野さんはこんなことを考えている。

こうして今日、高波の寄せる日に、日向の国の鵜戸神宮へお詣りに来たのは、旅行の途中に立ち寄っただけのかりそめのことのように見えるが、或いはそれにはもっと深い意味があるのかも知れない。偶然のようで偶然でないかも知れない。(庄野潤三「南九州への旧婚旅行」)

これは、まるで庄野さんの小説に出てくるような文章である(例えば『夕べの雲』とか)。

同じ時代に、同じような境遇で新婚生活を送り、そして様々の人生を過ごしてきた人たちと一緒に旅行するということは、作家としての庄野さんに何らかの刺激を与えたことだろう。

なお、掲載紙には、「開聞岳の中腹で記念植樹をする庄野夫妻」の写真が大きく紹介されている。

作品名:南九州への旧婚旅行
著者:庄野潤三
誌名:旅
発行:1968/10
出版社:日本交通公社

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。