日本文学の世界

小沼丹「お下げ髪の詩人」外国人の少女と過ごしたひと夏の思い出

小沼丹「お下げ髪の詩人」あらすじと感想と考察

小沼丹「お下げ髪の詩人」読了。

本作「お下げ髪の詩人」は、1960年(昭和35年)6月『ジュニアそれいゆ』に発表された短編小説である。

この年、著者は42歳だった。

作品集としては、2018年(平成30年)7月に幻戯書房から刊行された『お下げ髪の詩人』に収録されている。

外国人の少女と過したひと夏の思い出

本作「お下げ髪の詩人」は、青春回想の物語である。

と言っても、特別なドラマがあるわけではない。

夏の避暑地で出会った外国人の少女のことを思い出して書かれた回想の物語である。

冒頭にチャールズ・ラムの名前が出てくる。

イギリスのチャアルズ・ラムというひとに「なつかしい古い顔」という詩があります。子供のころから、いろいろ仲の良い友だちもあったけれど、みんな別れ別れになったり、なかには死んだものもあって、みんないなくなってしまった。昔の馴染みの顔が──という意味の詩で、たいへん有名な詩ですから、御存知の方があるかもしれない。(小沼丹「お下げ髪の詩人」)

本作に登場する少女<キャロリン>も、作者には懐かしく思い出すことのできる古い顔の一つだった。

普段は神戸で暮らしているキャロリンは、夏の間だけ、信州N湖の畔にある別荘で過ごしていて、その夏は、確か十六歳だった。

兄のヘンリイから、「実は自分の妹も詩人なんだ」と明かされた<私>は、キャロリンの詩に興味を持ち始める。

その頃、<私>は、昔の中学校を卒業して大学の予科の学生になっていた(現在の高校生)。

キャロリンと仲良くなった<私>は、彼女の詩を見せてもらうことができるが、その翌年の夏、もうキャロリンは、湖畔の別荘にはやって来なかった。

彼女の一家は本国へ帰ってしまったのだ。

彼女はもう詩など忘れたかもしれません。しかし、私の記憶に残るキャロリンは、長いお下げを垂らした十六才のままのキャロリンです。私は彼女がお下げのリボンをひらひらさせながら歩いているのを見ることが出来ます。そして私は呟きます。──ああ、詩人のキャロリンが歩いている。詩を考えながら。そして、あそこに僕の青春のかけらがあるのだ。と。(小沼丹「お下げ髪の詩人」)

それは、たったひと夏の、爽やかな青春の思い出だった。

チャールズ・ラムの影響を受けた詩のような物語

本作の<私>は、「将来は大詩人になる」と言いながら、まだ一篇の詩も書いたことがない少年である。

それから長い時間が経ち、現在の<私>が何をしているのかは明らかにされていないが、本作はまるで長い詩のような作品である。

そして、その詩は、明らかにチャールズ・ラムの影響を受けた詩だということができるだろう。

物語の最後の「ああ、詩人のキャロリンが歩いている。詩を考えながら。そして、あそこに僕の青春のかけらがあるのだ」という一文は、詩以外の何物でもないからだ。

この物語は、キャロリンという少女との出会いを印象的に描きながら、実は、二人の間には、何のドラマも起きない。

ただ、彼女が自分の書いた詩を見せてくれたというだけのことである。

それでは、どうして、このような回想が、一つの物語として成立するのか。

その答えを、作者は次のような言葉で説明している。

もっと面白い話でもあればいいのですが、これだけなのです。しかし、いろいろ交渉があったからと云って「なつかしの古い顔」として甦らないひともあるし、ほんの些細な交渉しか持たなくてもいつまでも記憶から消えないひともある。(小沼丹「お下げ髪の詩人」)

チャールズ・ラムの書いた「なつかしい古い顔」という詩の真理がある。

「なつかしい古い顔」には、一緒に過ごした時間ばかりでなく、その時に抱いていただろう複雑な感情が大きく関わってくるからだ。

お下げ髪が印象的だった詩人のキャロリンは、間違いなく<私>にとって「青春のかけら」だった。

そこに、この物語の意義があるのである。

作品名:お下げ髪の詩人
著者:小沼丹
書名:お下げ髪の詩人 小沼丹未刊行少年少女小説集 青春篇
発行:2018/07/13
出版社:幻戯書房

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。