庄野潤三の世界

庄野潤三「ブッチの子守唄」デイモン・ラニアンから始まったフーちゃん三部作

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庄野潤三「ブッチの子守唄」読了。

本作「ブッチの子守唄」は、長篇随筆「エイヴォン記」の連載第一回の作品であり、「群像」1988年(昭和63年)8月号に発表された。

単行本では『エイヴォン記』(1989、講談社)に収録されている。

現在は、小学館 P+D BOOKS から刊行されているものを入手することが可能。

私は父が亡くなってから三十五年たって、やっとのことで父が好きだったデイモン・ラニアンを読んだ

長編随筆「エイヴォン記」は、『鉛筆印のトレーナー』『さくらんぼジャム』と続く、いわゆる「フーちゃん三部作」の最初の作品である。

庄野さんが晩年に取り組んだ一連の、老夫婦の日常を描く物語は、この「エイヴォン記」から始まった。

庄野文学を読む上で、非常に重要な作品と言えるだろう。

もっとも、連載一回目にあたる「ブッチの子守唄」には、フーちゃんは登場しない。

本作で、庄野さんは、デイモン・ラニアンの短篇集『ブロードウェイの天使』(新潮文庫)に収録されている作品「ブッチの子守唄」について紹介しているだけだ。

最初の出会いは、戦後に亡くなった父が「デイモン・ラニアンというのは面白い」と教えてくれたことだった。

しかし、そのとき庄野さんは、父からもらったデイモン・ラニアンのペーパーバックを読まなかったという。

次にデイモン・ラニアンが登場するのは、1985年(昭和60年)3月に日比谷の東京宝塚劇場で行われた、宝塚歌劇団月組によるブロードウェイ・ミュージカル『ガイズ&ドールズ』である。

この『ガイズ&ドールズ』の原作が、アメリカの作家デイモン・ラニアンの短篇小説「ミス・サラ・ブラウンのロマンス」だった。

宝塚の公演を観た帰り道、同行していた友人の「S君」(阪田寛夫のことだろう)が、銀座の書店の書棚で、新潮文庫の『ブロードウェイの天使』を見つけて買い求めた。

さらに、それから三日後、成城学園の本屋で、妻が同じ文庫本を買ってきた。

私は父が亡くなってから三十五年たって、やっとのことで父が好きだったデイモン・ラニアンを読んだというわけである。『ブロードウェイの天使』を読んだ私と妻の二人が、「『ブッチの子守唄』は傑作だ」とか、「『血圧』は愉快だなあ」とか、いってるのを聞いて、おそらくあの世で父は、「今頃になって何をいってるのか」といって、苦笑いしていたかもしれない。(庄野潤三「ブッチの子守唄」)

エイヴォン? エイヴォンといえばイギリスの田舎を流れている川の名前だ。

この連載随筆の最初の原稿を書き始めたとき、庄野さんの仕事机の上には、一輪の赤い薔薇が活けられていた。

それでなくても混雑する仕事机の上には、花など飾らないことにしているのに、なぜ薔薇があるのか。

一番咲きのその薔薇は、近所に住む妻の友人で薔薇を作るのが上手な清水さんが、ほかの薔薇と一緒に届けてくれたものである。

妻が、いつものように薔薇の名前を尋ねると、その赤い薔薇は「エイヴォン」という名前だった。

「エイヴォン? エイヴォンといえばイギリスの田舎を流れている川の名前だ。ほら、『トム・ブラウンの学校生活』のなかで、トムが学校の規則を破って釣りをする川が出て来るが、あの川の名がエイヴォンだよ。」(庄野潤三「ブッチの子守唄」)

庄野さんのこの言葉は、その後の作品の中で、繰り返し登場することになる。

花もいいし花の名前もいいということで、庄野さんは、この赤い薔薇を仕事机の上に飾った。

やがて、この連載作品のタイトルも『エイヴォン記』と名付けられることになる。

晩年の庄野文学を象徴する「清水さんの薔薇」は、こうして作品の中に登場したが、肝心の孫娘「フーちゃん」(満二歳になったばかり)は、まだ姿を見せていない。

赤ん坊の子守りをしながら金庫破りをする男の物語「ブッチの子守唄」の紹介があるだけだ。

それは、やがてフーチャンのお守りを担当することになる老夫婦の、楽しい日常生活の前触れのようなものだったのかもしれない。

書名:エイヴォン記
著者:庄野潤三
発行:2020/2/18
出版社:小学館 P+D BOOKS

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。