庄野潤三の世界

庄野潤三「グランド・キャニオン」ガンビアへ向かう鉄道旅行の空白の一日

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庄野潤三「グランド・キャニオン」読了。

本作「グランド・キャニオン」は、「風景」昭和36年4月号に発表された短篇小説である。

作品集では『絵合せ』(1971、講談社)に収録された。

庄野夫妻が初めてアメリカ国内を旅行した際の紀行小説

昭和32年9月。

千壽子夫人を同伴した庄野さんは、初めてのアメリカ本国へ上陸する。

その乗車券の綴りを私は三日前、船がサンフランシスコへ着いた日の午後にサザン・パシフィック鉄道会社の駅で受け取った。それにはサンフランシスコからロサンゼルス、ロサンゼルスからグランド・キャニオンを経てシカゴ、シカゴからオハイオ州のコロンバスまでの切符が一冊になっていた。(庄野潤三「グランド・キャニオン」)

この作品は、庄野夫妻が初めてアメリカ国内を旅行した際の紀行小説である。

切符の発行先はサザン・パシフィック鉄道だったが、途中のロサンゼルス・シカゴ間はサンタフェ鉄道、シカゴ・コロンバス間はペンシルヴァニア鉄道である。

サンタフェ鉄道のグランド・キャニオン号に乗車した庄野夫妻は、「ルーメット」という一人用の小さな客室で、それぞれの時間を過ごした。

夜中に汽車がとまった。外を覗くと、フォームも何もないところに黒い長い髪を垂らした、男か女か判別できないような人物が、着物の裾を引きずって歩いている。インディアンらしいが、乞食かと思って見ていると、窓のすぐ下にとまっている乗用車のそばへ来て、何やら中の者と話している。(庄野潤三「グランド・キャニオン」)

本作は、アメリカでの生活を描いた「ガンビア滞在記」の、その前段とも位置付けられるものだが、初めての海外旅行で、初めてのアメリカである。

未知の国に上陸したばかりの不安と緊張感が、随所に感じられる。

翌朝の七時、グランド・キャニオンに到着。

グランド・キャニオンでは、朝の七時から夜の七時まで「グランド・キャニオン号」が、停車することになっている。

つまり、すべての旅行者は今日一日を、グランド・キャニオンで過ごさなければならないのだ。

夫妻は、荷物を客室に置いたまま、駅の外へ出た。

バスでブライト・エンジェルズ・ロッジという山小屋風のホテルまで行き、そこでトーストと果汁の朝食を済ませる。

ホテルの展望台でコロラド川が作った峡谷を見学するが、いつまで見ていられるものではない。

二人は明らかに時間を持て余していた。

「そうか。いま自分がいるところはアリゾナ州か」

店を出て道を歩いて行くと、近くに小学校らしい建物が見えた。私はこれがアリゾナ州の学校であることを知り、「そうか。いま自分がいるところはアリゾナ州か」と思った。運動場の方へ行くと、端の教室で女の先生が音楽の授業をやっていた。(庄野潤三「グランド・キャニオン」)

これは、観光旅行ではない。

留学先の大学のある町まで向かう、いわば赴任旅行である。

しかも、先はまだ長い。

庄野さんが、グランド・キャニオンでの滞在を楽しむ気持ちになれない様子は、実によく分かる。

私は土の上に寝ころんだ。二週間の船の旅とそのあとで始まった大陸横断の汽車旅行の途中で、こうして土の上にじかに寝ころぶと何だか気持がほっとする。「まあ、こんなところで自分たちは何をしているのだろう」という気持もひとりでに出て来る。(庄野潤三「グランド・キャニオン」)

二人は、グランド・キャニオン学校から客車へ引き返し、サンドイッチの昼食を作って食べる。

駅に止まっている汽車には、まるで人気がなかった。

こうして二人は、夜七時の出発までの時間を、どうにかしてやり過ごす。

まるで旅の途中の空白みたいな「グランド・キャニオン滞在記」。

そこに、この短篇小説の味わいがある。

書名:絵合せ
著者:庄野潤三
発行:1971/5/24
出版社:講談社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。