庄野潤三の世界

庄野潤三「明夫と良二」嫁いでゆく姉を見送る兄弟、最後の五人家族の物語

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庄野潤三「明夫と良二」読了。

本作「明夫と良二」は、1972年(昭和47年)、「岩波少年少女の本16」として岩波書店から刊行された、書き下ろしの長編小説である。

後に、岩波少年文庫(1980)や講談社文芸文庫(2019)としても刊行された。

起承転結の整ったストーリーはなく、断片的なエピソードをいくつも積み重ねる形で、ひとつの長編小説として構成されていることが特徴。

もっとも、冒頭で父母と姉兄弟の五人家族だった一家が、姉の結婚により、途中で四人家族になるという、家族史上の非常に大きな出来事が描かれている。

いわゆる「明夫と良二」シリーズのひとつで、五人家族の庄野家を素材としたものとしては、これが最後の作品となった。

時系列的には、長女の結婚直前の家族の姿を描いた中編小説『絵合せ』(1970)の続編に位置付けることができる。

明夫と良二の兄弟が主人公となっているが、「船の会社に二年間勤めて、つい十日前にやめた」とか「百貨店で細君が注文しておいた和子の着物が(それはささやかな彼女の結婚支度のひとつであったが)着きそうなのである」など、長女・和子の結婚にまつわる話題が多い。

また、この小説に登場する五人家族が、どうして山の上の家に住んでいるかといった説明もある。

ここでどうして彼等の家が、崖の上にあるかということも話しておかないといけない。九年前にこの一家が引越して来たころには、ここは春さきに春蘭の蕾のいっぱい見つかる赤松の林、桃畑や柿畑、夏になるとかぶと虫が集まって来る橡林、杉林の谷間のある山であった。

ところが、三年くらいたつと、大きな工事が始まって、この山が削り取られて、舗装道路にかこまれた新しい住宅町が出来上った。井村の家はほんの僅か外れていたために、元の山の続きに—崖の上に取り残されたようになってしまった。(庄野潤三「明夫と良二」)

庄野家が、東京の石神井公園から神奈川県生田へ移転してきたのは、1961年(昭和36年)の春のことである。この頃の家族の様子は長編小説「夕べの雲」に描かれているが、当時、長女は中学二年生だった。本作「明夫と良二」の舞台は、1970年の春から夏の終わりにかけてということになる。

「山の上の不便なところに家を建てたので、パン一枚買うのでも、駅まで行かないといけない」「水道はなくて、井戸が頼りだが、モーターが故障するともうどうにもならなくなる」「鉄道便で荷物が着くと、駅から通知の葉書が来る。区域外だから、家まで配達はしてくれない」など、作中で紹介される山の上での暮らしを振り返る場面も興味深い。

明夫と良二という二人兄弟の愉快な言動が描かれているところは、「絵合せ」の流れをそのまま受け継いでいる。

結婚よりもっと大切な、雑多で取りとめのない事柄を描く

注目すべきエピソードは、長女・和子の結婚式だが、結婚式の前日に夫婦で天気の心配をする「結婚式の天気」の次は、和子の家まで兄弟を伝令に出す「黍坂まで」になっていて、結婚式の様子は出てこない。

これは、作品集『絵合せ』(1971、講談社)のあとがきにある「確かに結婚というのは、人生の中で大きな出来事に違いないが、それひとつでは名づけようのない、雑多で取りとめのない事柄は、或は結婚よりももっと大切であるかも知れない」という庄野さんの姿勢を、最も端的に象徴しているものなのかもしれない。

本作「明夫と良二」には、書き留めておかなければ、きっと忘れ去られてしまうだろう、日常の些細な出来事がたくさん描かれている。

このとき、我々は、日常の些細な出来事の積み重ねが、実は家族の営みそのものであるという事実に気付かされるのである。

書名:明夫と良二
著者:庄野潤三
発行:1972/4/7
出版社:岩波書店「岩波少年少女の本16」

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。