雑誌「クウネル」のバックナンバー「もうすぐ冬じたく」を読みました。
古い雑誌なのに、現在でも満足できる充実のライフスタイル情報がいっぱい。
「クウネル」って、やっぱりすごい雑誌だったんですね。
書名:anan増刊クウネル「もうすぐ冬じたく」
著者:
発行:2002/11/15
出版社:マガジンハウス
作品紹介
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「クウネル」はマガジンハウスの雑誌です。
2002年4月以降「anan増刊ku:nel(クウネル)」として3号まで出版後、2003年11月の「週末の過ごしかた」で正式に月刊誌「ku:nel(クウネル)」として創刊。
テーマは「ストーリーのあるモノと暮らし」で、当時流行し始めた「スローライフ」や「丁寧な暮らし」ブームを牽引する人気のライフスタイル情報誌となりました。
この2002年11月15日号は、「anana増刊クウネル」としては最後のもので、特集は「もうすぐ冬じたく」です。
(主な掲載内容)もうすぐ冬じたく/「王国」の住人たち/長尾智子の中国南方田舎旅/鎌倉フラシスターズがゆく!/江國香織姉妹の往復書簡/ソーイングテーブル物語/職人さんと作る自分だけのわがまま家具/土井信子に教えてもらった大根料理/おばあちゃんからもらった宝物(しまおまほ、100%ORANGE、東野翠れん)/さとうち藍の自然観察小屋を訪ねて/毛ものバカ一代(豊崎由美)/庄野潤三インタビュー/高橋みどりの伝言レシピ/「考えるパン屋さん」/時がゆっくりと過ぎる街、盛岡/「ラジオの夏」川上弘美/私のかご/クウネルくんのお宅訪問/カタヅケコンプレックス(南伸坊)
あらすじ
夫婦の日常の風景を、端的な言葉で綴った小説『うさぎのミミリー』が、若い女性たちの間で、静かな人気を呼んでいる。
これは、『貝がらと海の音』から続くシリーズの最新刊。
4月に発刊されたばかりだが、早くも3刷になっている。
このシリーズの人気によって、初期の作品『プールサイド小景・静物』にもスポットがあたり、その帯にはこんな言葉が記されていた。
“今、小説好きの女性たちが注目”。
庄野作品がなぜ、読まれているのか。
その世界を少しだけのぞいてみたくて、夏の暑い昼下がり、小説の舞台でもある庄野さんのご自宅に伺った。
(作品の舞台、ご自宅を訪ねて 庄野潤三インタビュー「平凡な毎日の中に喜びがある。」より)
なれそめ
最近になって僕は、「第三の新人」を代表する芥川賞作家・庄野潤三さんの後期の作品を好んで読んでいます。
初めて読む作品がほとんどですが、平穏な日常生活の中にある小さな幸せを拾い集めたような作品は、読んでいてすごく心が洗われるような心持になることができます。
そして、庄野一家の丁寧な暮らしぶりは、スローライフに憧れる自分にとってはうらやましすぎるほど。
例えて言えば、スローライフがブームになったばかりの頃の雑誌「クウネル」のような雰囲気が、庄野さんの日常生活の中には、そのまま実践としてあります。
そう考えたとき、もしかして「クウネル」で庄野潤三さんが紹介されていたとしても、全然おかしくないなあ、いや、むしろ「クウネル」で取りあげるべき作家だよなあなどと思いあたり、「クウネル」の古いバックナンバーをひっくり返してみました。
すると、やっぱりあったのです、「クウネル」に庄野潤三さんのインタビュー記事が。
僕は全然知らなかったのですが、庄野潤三さんは2000年代前半、若い女性から「静かな人気」を得ている作家だったようです。
自分の中で「丁寧な暮らし」と庄野潤三さんが繋がった瞬間でした。
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
もともと空想して書くというのが好きじゃないんですね。
もともと空想して書くというのが好きじゃないんですね。自分の見聞きしたものの中から、心に訴えてきたことを書くというほうがずっと好きなんです。(クウネル「庄野潤三インタビュー」)
記事の書き手である斉藤優子さんの言葉を借りると、庄野さんの作品は「『貝がらと海の音』以降は、子供たちが大人になり、結婚する様子や孫の成長と結婚なども書かれている。老夫婦が、二人だけの暮らしの中で、何を喜び、楽しみにして生きているのかがテーマなのだ」ということになります。
インタビューの会場ともなった庄野さんの書斎は、40年来使っている机がある仕事場で、庄野さんは「毎朝、この部屋に入るといちばんに、前の日のできごとを詳細につける」。
そして、「その日記が机の上に何冊も重ねてある」「日記を見ながら原稿にしていく」「たいてい、ほぼそのままが原稿になる」のだそうです。
ちなみに、「自分の見聞きしたものの中から、心に訴えてきたことを書くというほうがずっと好き」という庄野さんのスタイルは、庄野さんの随筆集「自分の羽根」の中でも詳しく語られています。
庄野さんの「自分の羽根」については、別記事「庄野潤三「自分の羽根」短い文章で綴る暮らしと文学と友情の随筆集」で詳しく紹介しているので、よろしければ併せてご覧ください。

ぼくは電気をつけて原稿を書くということはしないんです。
鉛筆で一字一字書いて、間違いがあれば消しゴムで消して、また書く。書くのは午前中だけです。ぼくは電気をつけて原稿を書くということはしないんです。酉年なもんですから。(クウネル「庄野潤三インタビュー」)
庄野さんの愛用した執筆道具は「神楽坂の『山田紙店』の原稿用紙に、『ステッドラー』の3Bの鉛筆で綴る。このスタイルも40年来変わらない」と、斉藤優子さんは書いています。
世の中がワープロやパソコンの時代に変わっても、愛用の鉛筆を削って原稿用紙に綴るスタイルを守り続ける。
「変わらない」ということは、実はそれほど簡単なことではないはずで、かなり強い意志を持って仕事に取り組んできたことを感じさせてくれます。
また、「夜に灯りを付けて仕事をしない」という仕事との向き合いかたも、実に庄野さん的な感じがして、すごく好感が持てました。
人として自然体で仕事をしているというライフスタイルが、時間がゆったりと流れるかのような作品にも反映されているのだと思います。
死ぬってことも考えちゃいけないと、自分に言い聞かせているんですよ。
人間は必ず死ぬものですけれど、死ぬってことも考えちゃいけないと、自分に言い聞かせているんですよ。自分が死んだら家族はどうなるだろうかとか、お葬式はどうかなんてことはね、考えないようにしている。ありがとうと言えるような事柄が、毎日起こることだけを期待しているわけですね。(クウネル「庄野潤三インタビュー」)
庄野さんは「この日記には、嫌なことは書かない」のだそうです。
「うれしいことだけを取り上げる。だからこそ、小説には”おいしい””ありがとう”という感謝の言葉が並ぶ」とあるとおり、庄野さんの作品の特徴は、日々の日常生活の中で良かったなと感じたことだけが、端的な言葉で綴られているということです。
妻が作ってくれた料理や長女が焼いてくれたアップルパイ、近所の人からもらった野菜、庭に咲いたバラの花、庄野さんの幸せは、真の意味での日常生活の中にあります。
楽しいと感じたことだけを書き留めておく。
庄野さんの小説は、ある意味で、そんな庄野さんが感じた幸せの「お裾分け」のようなものなのかもしれませんね。
読書感想こらむ
自分の作品が、若い女性たちに支持されていることについて、庄野さんは「”ありがとう”というのは、年月の積み重ねでできあがったものです。実生活の経験がまだ少ない人たちは、どんなふうに読むのかなあと、ちょっと見当がつかないんです」と語っています。
おそらく、昔の日本であれば、身近な距離にいる人生の先輩の方々が教えてくれたことを、現代の読者は庄野さんの著作の中から学んでいるのではないでしょうか。
もうひとつ、高度経済成長やバブル景気を経て、僕たちの暮らしぶりは確実に向上する中で、幸せに対するハードルはぐんぐんと上がり続け、今の僕たちは幸せを感じることについて、鈍感になってしまっているとさえ言えるかもしれません。
そんな時代にも庄野さんは、日々の暮らしの中に小さな幸せをたくさん見つけることによって、幸せな人生を送ってきました。
小さいけれど確かな幸せを、どれだけたくさん見つけることができるか。
「豊かな生活」っていうのは、つまり、そういうことなんですね、きっと。
「ぼくはさりげなしに本を読んでもらって、さりげなしにいいなあと思ってくれるのが、いちばんうれしいんですけどね」という庄野さんの言葉は、インターネットで話題になったり、ベストセラーの人気作家になったりすることだけが、作家としての幸せではないと、語っているようにも思えます。
「そんな穏やかな日々の風景は、長い年月をかけて、平凡な毎日を大切にしてきたものだけがもてる幸せなのだろう。だからこそ、庄野作品は簡潔で淡々としていながら、味わい深いのだ」と記事は締めくくっていますが、「平凡な毎日」を長い時間維持し続けることがどれだけ大変なことかということを、僕たちは忘れてはならないような気がします。
とりあえず、今日は「クウネル」に庄野潤三さんのインタビュー記事を見つけることができて、ひとつ幸せです(笑)
まとめ
「クウネル」に掲載された庄野潤三さんのインタビュー記事は、短いけれども、庄野潤三という作家を理解する上で、非常に意義のある内容に仕上がっていると思います。
初期クウネルの雰囲気が好きな方や、庄野潤三さんの丁寧な暮らしぶりが好きな方には、ぜひもう一度読んでいただきたいですね。
ちなみに、他の記事も楽しいですよ!
著者紹介
庄野潤三(小説家)
1921年(大正10年)、大阪生まれ。
1966年、現在の庄野作品の原点となった「夕べの雲」は読売文学賞受賞作品。
「クウネル」インタビュー掲載時は81歳だった。
齋藤優子(フードライター)
「anan」「BRUTUS」「Hanako」などマガジンハウス系の雑誌で活躍。