時は1980年代、バブル前夜の南青山。
ソフィスティケイトされた人生を送る、オシャレな都市生活者たちを軽妙なエッセイで綴る。
あの頃の東京の空気をもう一度感じてみませんか?
書名:南青山物語
著者:林真理子
発行:1988/1/25
出版社:角川文庫
作品紹介
「南青山物語」は、林真理子のエッセイ集です。
雑誌「anan(アンアン)」に連載された人気エッセイを書籍化したもので、「大好きな男を嫌いになるとき」(1985/5/18-1985/8/16)と「南青山物語」(1985/8/23-1986/6/27)を収録。
単行本は1986年(昭和61年)に主婦の友社から刊行されています。
当時「anan」の最終ページに連載されていた「南青山物語」は、若いビジネスウーマンから強い支持を得て、著者・林真理子さんを「『anan』を後ろから開かせる女」と称賛する伝説さえ生まれました。
エッセイのテーマは、南青山での日々の暮らしを等身大に綴ったもの。
1986年9月には岸本加世子主演でテレビドラマ化もされています。
(目次)《南青山物語》/「AA現象」/帰郷/ローレックス/有名人/ハウスマヌカンのランチ/ナウい夫婦/青山の不倫/モデル/K子の結婚/「アカスリ評論家」/英語上達法/上海/真夜中の「ロイヤルホスト」/シルクのパジャマ/BMWの男/根津庭園のデイト/とんねるず/純情な女/稼ぎたい家/スタイリスト/地方男を連れて/ヒップサイズ/カタカナ系カリアゲ族/ダイエットのデメリット/近親憎悪/玉の輿/感動の二重まぶた/「あなた、もう寝ましょうよ」/バレンタイン・デー/会話の謎/小野みどり/「腐っても慶応」/お坊ちゃま/VIPルーム/お金持ち/私の舞踏会場/グルメ/レズビアン/女の早口/スパイラルビル/ダブルベッド 1/ダブルベッド 2/大恋愛の予言/プラチナのパンツ/14年ぶりの凱旋/ケリー・バッグ/マリコ・ストリートへ///《大好きな男が嫌いになるとき。》/二流のマスコミ人/占いが好きな男/死ぬまでブ男/おしゃれな男とセンスのない男/「見栄は1秒、支払い一生」/昔の女/悲劇のヒーロー/バイ・セクシュアル/いい男がいなくなった/女の財布も三度まで/パーティー嫌い/お世辞と説教/男の努力///おわりに/「鉄尾さん」が「テツオ」になったこの三年間―鉄尾周一/解説―氷室冴子
なれそめ
僕は林真理子さんの小説を読んだことがありません。
僕にとって、林真理子さんと言えば「anan」の最後のページに登場するエッセイを描く人というイメージなのです。
今年2020年で創刊50周年を迎える「anan」で、今も林真理子さんがエッセイを連載していると知って、その原点である『南青山物語』を、今回きちんと読んでみました。
1980年代に「anan」読者だった方々には、きっと懐かしいだろう話題やキーワードがいっぱいで、全ページにキラキラした1980年代が描かれています。
この本を読んで、オシャレなエイティーズを勉強することができました(笑)
あらすじ
ローレックス、英会話、玉の輿、お金持ち、ケリーバッグ、女の早口etc―
欲しいもの、気になること、女の子の願いや怒りを総ざらいします。
流行の発信地、南青山に居をかまえ、取材で世界をかけめぐり、おしゃれに文章に、ますます磨きがかかった、最高潮の真理子エッセイ。
「アン アン」の最終頁を飾り、うしろから開かせるエッセイといわれるほど人気を集めた連載の、待望の文庫版。
(表紙カバーの紹介文より)
本の壺
心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。
アニエスb.の洋服はまるでパズルみたいに難しい
だから見よ、このコーディネート。ほら、ほら、しかも洋服選びがいちばん難しいアニエスb.よ。あそこの服はまるでパズルみたいになってて、能力がある人が組み合わせないと、まるっきり普通の1着になってしまう。(「スタイリスト」)
「anan」連載のエッセイということで、『南青山物語』にもファッションの話題が頻繁に登場します。
1985年の若い女性が好きそうなものが、たくさん出てくるわけですが、1984年に東京青山へ国内1号店を出店したばかりの「アニエスb.」も、もちろん登場。
当時の人気ぶりが伺えますが、「能力がある人が組み合わせないと、まるっきり普通の1着になってしまう」というあたりに、オシャレ上級者御用達のアイテムだったことが分かりますね。
アニエスベー以外では、山本耀司さんの「Y’s(ワイズ)」なんかも、林真理子さんのお気に入りだったようで、「私が一番洋服を買う店。はっきり言って、年間にン百万円は使っているはず」だそうです。
ちなみに「近くの『フィガロ』では、山本耀司さんと川久保玲さんが、仲よくランチをとっておられる」なんていう、心温まるエピソードも。
なにしろ、林真理子さんのマンションの1階にあったのが「コム・デ・ギャルソン・オム」で、「無機質な店員さんと店内の雰囲気にのまれるようでは、まだまだ一人前の東京人とは言えません」と紹介されています。
女はたいてい女子大生ルック、男はスーツにダッフルコート
日曜日に原宿、青山通りから流れてくるアベックは本当に不愉快だ。女はたいてい女子大生ルック、男はスーツにダッフルをはおって、フロムファーストあたりをうろついている。きっとアルファ・キュービックで男に何かを買わせ、地下のフランス料理店(舌を噛みそうな名前なんか、いちいち憶えとらん)で何かをおごらせるつもりの女なのであろう。(「カタカナ系カリアゲ族」)
『南青山物語』を読むと、80年代カルチャーの勉強になります。
「女子大生ルック」とか「スーツにダッフルコート」とか、1985年の冬の空気感がしっかりと伝わってくるというか。
タイトルの「カリアゲ族」とは、当時、南青山のキラー通りに多数生息していたカリアゲの髪型をした女性たちのことで、デザインとか広告とかの分野でカタカナの職業をしている人たち(例:パタンナー)が多かったようです。
流行は移り変わるものとは言え、今となっては聴き慣れない言葉が多数飛び交うのも、旬のエッセイの宿命。
「ダンキンドーナツ」のことが一行出てきたということで、「ダンキンドーナツ」からお礼にドーナツを差し上げたいという連絡が来たとか、冗談で「プラチナのパンツ」と書いたら、某ブランドからプラチナのパンツを製作して贈りたいという申し入れがあったとか。
もっとも「プラチナのパンツ」は、小林麻美のプラチナ・ウェディングドレスを創るのに余った糸で創ったんだとか。
おしゃれな男も嫌いだが、センスのない男も嫌いだ
「おしゃれな男も嫌いだが、センスのない男も嫌いだ」というのが最近の私の結論。「じゃ、センスのいい男ってどういうのよ」と問われると困るのだが、デザインはふつうで、マテリアルに凝るという人。ちょっと見は、どこにでもありそうなのだが、よおく見ると、色の配色や素材がものすごくニクい。(「おしゃれな男とセンスのない男」)
林真理子さんのエッセイは男性が読んでもおもしろいと思います。
特に、女性目線で語られるメンズファッションの話題は、実際に役に立つと思って読みました。
なにしろ、林真理子さんの事務所がある青山骨董通りは、アパレルメーカーのデザイナーやパタンナー、ハウスマヌカン、マーチャント・ディレクターなどなど、カタカナ系職業のファッショナブルな人たちが多いエリア。
紫色の口紅をつけて、ノーブラでレースのブラウスを着た女性たちが闊歩するのはともかく、刈り上げの「ボクちゃん」スタイルで半ズボン、赤いフレームのサングラスにヒゲをつけた20代後半から30代前半の男性だけはマジ勘弁してくれ、と「センスのない男」に厳しいご指摘をくれています。
ただし、「ベルボトムのブリーチジーンズとか、ジャージーのシャツ(それも小さな模様入り)、よくスーパーの『980円均一』で出る横縞のポロ」を着ているような「本当にダサイ男」も、やっぱりマジ勘弁。
オシャレに凝るのではなく、センスを大切にしようと思いました(笑)
とにかく、どのページにも80年代が溢れているので、80年代カルチャーの洗練された雰囲気に憧れている僕のような人間には、非常にタメになるエッセイ集です。
読書感想こらむ
1980年代の南青山ってこんな雰囲気だったんだね、というのが最初の感想。
「アンティック通り」に仕事場を構えて「麻生」に自宅、田中康夫さんいわく「AA現象」のオシャレな都市生活なんて、やっぱり1980年代だからこそ輝いていたんでしょうね。
タイムスリップできるなら、1980年代バブル前夜の南青山に決まりだなあとか、そんな妄想を引き起こしてくれます。
アンアン編集部の女子はほとんどローレックスだとか、パリの『モッズ』でカットしてもらったとか、女性のヘアスタイルはワンレングスかソバージュだとか、着ている服はアニエスb.だとか、目黒のマンションはオープンキッチンだとか、雑誌「フォーカス」が大嫌いだとか、大江千里の軽い爽やかなノリは昔のままだとか、「SOMEDAY」を出したばかりの頃の佐野元春と自宅マンションで麻雀をしたとか、「オールナイトフジ」のスタジオでブレイク前のとんねるずと会ったとか、北青山の紀伊国屋で夕食の食材の買い物をするとか、とにかく憧れのエピソードがいっぱい。
もともと、80年代のおしゃれなカルチャーが大好きで、村上春樹さんの『ダンス・ダンス・ダンス』とか、POPEYEに連載されていた片岡義男さんのコラムとか、その手のモノが大好物の人間にとって、『南青山物語』も非常に楽しく読むことができました。
林真理子さんの「anan」連載エッセイは、他にもたくさん書籍化されているそうなので、引き続き1980年代シリーズを読んでみたいと思います。
当時を知らない若い世代にも現代史の参考書としてお勧め。
まとめ
1985年の「アンアン」に連載された人気エッセイ。
ファッショナブルな80年代の東京が、今よみがえる。
もう二度とはやってこない、バブル前夜の空気を味わいたい人へ。
著者紹介
林真理子(小説家)
1954年(昭和29年)、山梨県生まれ。
1985年(昭和60年)、『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞受賞。
『南青山物語』連載時は31歳だった。