日本文学の世界

安藤鶴夫「雪まろげ」東京の匂いがプンプン漂う昭和の名作随筆集

安藤鶴夫「雪まろげ」東京の匂いがプンプン漂う昭和の名作随筆集

安藤鶴夫「雪まろげ」読了。

本作「雪まろげ」は、1964年(昭和39年)に刊行された随筆集である。

この年、著者は56歳だった。

「あまカラ」と「食べもののでてくる話」

東京の匂いがプンプンしてくるような随筆集だった。

なにしろ、あちこちでべらんめえ調が飛び交っている上に、東京の良いところが、これでもかと繰り出されてくる。

「靴屋のワシントンのところで、服部の一時の時計が鳴る」だなんて粋な文章が心地良い。

本書に収録されているのは、雑誌『あまカラ』に「食べもののでてくる話」というタイトルで連載されていた随筆である。

「食べもののでてくる話」というタイトルの割には、食べ物の話は少ない。

主役は街であり、人間であり、著者の生活である。

ちなみに、『あまカラ』連載の「食べもののでてくる話」は、随筆集『年年歳歳』(1968年)へと続いている。

冒頭の「龍雨の日」で、寿町の古本屋で増田龍雨の本を見つけた著者は、駒形のどぜうやへ入る。

どじょうの鍋とそら豆で飲みながら、『龍雨俳話』と『龍雨俳句集』を広げてみる。

句集の跋に”第三龍雨句集の出るころ、わたしの魂は、天のいずくに消えてゐるであらうか”といっている。その跋を書いた翌年の昭和九年の師走に、この雪中庵十二世は「繭玉の霞むと見えて雪催ひ」という句を最後に、六十一で死んでいる。二合でとろんと酔った。(安藤鶴夫「龍雨の日」)

<どぜうや>で龍雨の句集を読みながら「二合でとろんと酔った」ところがいい。

しかも、著者は「二合で酔ったとあっちゃア恥かしい」ので、四本飲んでから店を出るのだが、最初にこの話を読んだ僕は、いっぺんで『雪まろげ』が好きになってしまった。

ちなみに、最初の話が増田龍雨なら、最後の話は久保田万太郎である。

「雪まろげ」は、久保田万太郎の作った一中節で、万太郎の追悼の会で「雪まろげ」が披露されたとき、著者の長女も舞台に上がっていた。

そんなことを思い出しながらきいていたら、わたしはとたんに、あッと思った。なんだ”雪まろげ”は、まるで、先生自身のことをうたったようなもんじゃないか、と思った。去年の、水仙の香もこそ師走、煤はらう頃に、先生は赤坂のうちで、一緒にくらしていた美しく老いたる愛人を亡くして、そのかなしみのまだ消えない五月に、まるで、あと追い心中かなんかのように、忽然と亡くなられたのである。(安藤鶴夫「雪まろげ」)

久保田万太郎は、著者の二人の娘の名付け親でもあったから、長女が「雪まろげ」の舞台に立ったときは、特別の感慨があったに違いない。

「それにしても”雪まろげ”は、どうしてこんなにもまるで鎮魂歌のように、かなしく、美しいのか」と、著者は締めくくっている。

東京で生まれ育ち、東京を愛した男の、東京の随筆集

著者は、おそらく雪が好きだったのだろう、雪にまつわる話は多い。

あれは吉右衛門は袖萩をやった時のことだと思ったが、「雪のふる芝居かなしく美しく」という句があるが、わたしはまた雪の降る芝居が好きなのである。(安藤鶴夫「雪布」)

とりたてて食べ物の話もなく、芝居の話が続く随筆だが、「雪のふる芝居かなしく美しく」という初代・中村吉右衛門の句が良い仕事をしている。

本書では、京都に行ったり、群馬県吾妻郡四万へ行ったり、紀行文的なものも悪くないが、ここではやはり東京を舞台にした作品を推したい。

東京の歳末風景を綴った「歳末野郎」もいい。

国際劇場の<河金>でエビフライと上かつの昼食を食べて、浅草の<アンヂヱラス>で珈琲を飲んでから銀座四丁目へと向かう。

クリスマス・イヴである。ネオンの点滅。流れ。移りかわる電光ニュース。ひっきりなしの車の流れ。ことしから新しくふえた名物で、東京スモッグ。がらあきの都電。黒と赤の線を描いて、電気のともったちいさな提燈を手に手に、警笛を鳴らしづめのポリス。ことしの銀座の歳末は、二十日頃からまるでイヴのような人手をみせたが、それも若い者ばかりである。(安藤鶴夫「歳末野郎」)

季節感たっぷりに東京の「今」が再現されている。

東京で生まれ育ち、東京を愛した人だからこそ書ける、東京の随筆集だと思った。

思えば、昭和30年代の東京というのは、日本において唯一無二の東京だったんだよなあ。

書名:雪まろげ
著者:安藤鶴夫
発行:1977/8/1
出版社:旺文社文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。