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新潮古典文学アルバム「今昔物語集・宇治拾遺物語」説話集の意味

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大正時代、芥川龍之介は「羅生門」や「鼻」「芋粥」など、「今昔物語集」や「宇治拾遺物語」をもとにした短編小説を、いくつも発表した

長く世に埋もれていた「今昔物語集」が、再び注目を集めた瞬間である。

「今昔物語集」の成立過程は、明らかではない。

保元・平治の乱よりも以前に成立していたと推測されるが、作品自体が未完成ということもあって、中世以降は長く忘れられた存在となる。

一部の研究者によってのみ細々と知られていた「今昔物語集」に光を当てたのは、大正の文豪・芥川龍之介だった。

法説話の印象の強い「今昔物語集」だが、とりわけ日本の説話を収めた世俗部では、宿報・霊鬼・滑稽・悪行・恋愛などといった人間の諸相が描かれており、「人間とは何か」をいう本質を極める上で、「今昔物語集」は格好の題材になったと思われる。

「社会の底辺や暗部にうごめく存在、もしくは次代を担うべき新しい群像を描くのに成功した物語」こそ、「今昔物語集」だったからだ。

だからこそ、芥川は「今昔物語鑑賞」なるエッセイの中で、「今昔物語集」の魅力を「野生美」として讃えたのだろう。

本書は、日本の古典を代表する説話集である「今昔物語集」と「宇治拾遺物語」について、多くの図版とともに紹介するビジュアル本である。

巻頭のエッセイは、藤沢周平が書いている。

未完の大作「今昔物語集」

「今昔」は単なる形式句ではない。今と昔、過去と現在にかかわる、時空や歴史への認識が深く介在していると思われる。<昔>の物語を<今>語り、集成した表明として、書名の意義をとらえることができよう。(「説話の形成と挫折」)

「今昔物語集」の大きな特徴のひとつは、それが未完成の作品であるということだ。

そもそも「今昔物語集」は創作や口述伝承の記録ではなく、他の文献をもとに独自の翻訳を行って綴られた説話集である。

オリジナル作品に不詳の箇所があれば、それは「今昔物語集」でも、そのまま不詳となっているので、「今昔物語集」には欠巻や欠話、欠文、欠字が少なくない

永遠に埋められることのない空白こそ、「今昔物語集」の「見果てぬ夢への意思の表明」であり、「空白にこめられた、表現せざるエネルギーの充溢をこそ思うべき」であろう。

おもちゃ箱をひっくり返したような「宇治拾遺物語」

「宇治拾遺物語」は全部で二百話ほどで、説話集としては中型のもの、そのうちの八十話が「今昔物語集」と共通する。(略)約三分の二はこうした他の作品と重なる話で、「宇治拾遺物語」にしかない話は六十数話にすぎない。(「宇治拾遺物語の世界」)

「宇治拾遺物語」の特徴は、物語の中で展開される独自で語り口で、「その表現の卓抜さは群を抜いている」とされる。

多くの説話集と同じような物語を綴りながら、「宇治拾遺物語」では固有の語り口や表現によって、確固とした独自の世界観を確立した。

さらに、「今昔物語集」では、収録された説話が体系的にまとめられているのに対して、「宇治拾遺物語」では「作品そのものが何をめざしているのか非常にわかりにくく」、編纂の目的や構成そのものを拒否しているかのような節がある。

おもしろい話が、絶妙の語り口で綴られていくが、「結局何がいいたいのか見当のつかないところがある」ところから、「おもちゃ箱をひっくり返したような読み物」とさえ言われる。

「宇治拾遺物語」は「宇治大納言物語」の増補版的な存在として成立したが、読者に人気のあった「宇治拾遺物語」が残り、原型とも言える「宇治大納言物語」は歴史の中で消えてしまった。

そのような説が説得力を持つのも、「宇治拾遺物語」の魅力が大きいからこそだろう。

民衆の悲しみや苦しみを笑いで吹き飛ばしてしまおう。

そんな庶民のたくましい生命力こそが、「宇治拾遺物語」の描こうとしたところなのかもしれない。

書名:新潮古典アルバム「今昔物語集・宇治拾遺物語」
著者:小峯和明、藤沢周平
発行:1991/1/10
出版社:新潮社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。