児童文学の世界

レイモンド・カーヴァー「でぶ」異質な者の出現による変化の不気味さ

レイモンド・カーヴァー「でぶ」あらすじと感想と考察

レイモンド・カーヴァー「でぶ」読了。

本作「でぶ」は、1971年(昭和46年)9月『ハーパーズ バザー』に発表された短篇小説である。

この年、著者は33歳だった。

原題は「Fat」。

作品集としては、1976年(昭和51年)3月にマグロー・ヒル社から刊行された『頼むから静かにしてくれ』に収録されている。

日本では、村上春樹の翻訳によって1990年(平成2年)8月『マリ・クレール』に発表された。

作品集としては、1991年(平成3年)2月に中央公論社から刊行された『THE COMPLETE WORKS OF RAYMOND CARVER 1 頼むから静かにしてくれ』に収録されている。

『マリ・クレール』の「レイモンド・カーヴァー全集」刊行記念特集

『マリ・クレール』1990年8月号では、村上春樹全訳による「レイモンド・カーヴァー全集」刊行記念特集として、村上春樹訳による短篇小説「でぶ」のほか、トバイアス・ウルフの追悼エッセイ「レイモンド・カーヴァーのこと──彼はケーキを手にして、それを食べた」(訳・村上春樹)、レイモンド・カーヴァー夫人であるデス・ギャラガーの特別インタビューが掲載されている。

もちろん『レイモンド・カーヴァー全集』の広告も載っているし、書評コーナーにも風間賢二による好意的な案内文が掲載されている。

1990年(平成2年)、日本では、ちょっとしたレイモンド・カーヴァーのブームみたいなものがあったのかもしれない。

本作「でぶ」は、レイモンド・カーヴァーの初期の短篇小説である。

女性の働いているレストランに、おそろしく太った男がやって来る。

男は大量のパンとバターを食べ、大きなシーザー・サラダを平らげ、ラム・チョップとサワー・クリームをかけたベイクト・ポテトを完食する(美味しそうだ)。

店員たちは、太った男をバカにするが、女性は男を擁護する。

ねえすごいでぶじゃないと、リアンダーが言う。あの人だって好きで太ってるわけじゃないんだから、余計なことは言わないの、私は言う。私はバスケットに入れたパンのおかわりとバターを持って行く。スープはいかがでしたか?(レイモンド・カーヴァー「でぶ」訳・村上春樹)

やがて、太った男はデザートまで注文をして完食し、店を出ていく。

女性は、同じ店で働いている恋人と家へ帰り、恋人は、太った男のことを笑う。

すげえでぶだったなあ、とルーディは疲れたときいつもそうするようにのびをしながら言う。そしてはははと笑って、またテレビを見る。(レイモンド・カーヴァー「でぶ」訳・村上春樹)

ベッドで恋人は女性の体を求めてくるが、彼がのしかかってきたとき、彼女は突然自分がでぶになったような気がする。

そして、恋人の体はどんどん小さくなって、ほとんど存在も認められないくらいになってしまった。

日常生活に変化が生じることの不気味さ

本作「でぶ」は、異質なものの出現によって、当たり前だった日常生活に変化が生じてしまうことの不気味さを描いた物語である。

それは、現状に満足していなかった彼女の日常が、異質なもの(でぶ)の出現によって顕在化したということである。

彼は頷いて、私が行ってしまうまで、私のことをじっと見つめている。私には、自分が何かを求めていたことがわかっている。でも何を求めていたのかはわからない。(レイモンド・カーヴァー「でぶ」訳・村上春樹)

彼女が求めていたものは「変化」であり、「日常生活からの脱出」であり、もっと有体に言ってしまえば「新しい男」ということだろう。

彼女は気付かないうちに、恋人との生活に満足できないものを感じていた。

その現状への不満が、太った男の登場によって顕在化されたのだ。

象徴的なのは「普通の人間の指の三倍くらいはありそう」な「長くて、太くて、やわらかそうな指」だ(すごくエッチなものを連想させる)。

セックスをしながら、ほとんど存在も認められないくらいに小さくなってしまう恋人の姿は、二人の破局を暗示している。

今は八月だ。私の人生は変化しつつある。私にはそれが感じられるのだ。(レイモンド・カーヴァー「でぶ」訳・村上春樹)

おそらく、恋人は、彼女の不満に気がついていない。

当たり前だった日常が、音もなく静かに変化していくことの不気味さが、そこにはある。

そして、こうした変化は特別なことではなく、私たちの日常生活の、いつでもどこでにでも起こり得ることなのだ。

作品名:でぶ
著者:レイモンド・カーヴァー
訳者:村上春樹
書名:マリ・クレール
発行:1990/08
出版社:中央公論社

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。