フィリップ・ホプマン「ジバンシィとオードリー―永遠の友だち―」読了。
本書は、オランダのハーグ市立美術館が、「HUBERT DE GIVENCHY TO AUDREY WITH LOVE」展を開催したときに創られた絵本である。
ジバンシィとオードリーの人生を描く
絵本ということで、「児童文学の世界」というカテゴリに加えてみたが、正直に言って、大人の方にお勧めしたい絵本だと思う。
もちろん、小さな子どもが読んでも楽しめる内容にはなっている。
最初のページは、<ユベール>(ジバンシィ)と<オードリー>(ヘプバーン)それぞれの幼い頃が描かれている場面から始まる。
フランスのボーヴェにあるお城のような家に、ユベールはすんでいます。ママはきょうも、パーティーを開きました。ジバンシィ家はシャンパンをのんだり、おどったり、わらって話をしたりする人たちでいっぱい。ユベールはおどるのが苦手です。美しいドレスをうっとりとながめるだけでした。
オランダのアーネムにある大きな家に、オードリーはすんでいます。「母さん、わたし、舞台の上で踊りたい。バレリーナになるの」オードリーがいうと、「まあ、それはいいわね」と、母さんはこたえました。(フィリップ・ホプマン「ジバンシィとオードリー―永遠の友だち―」野坂悦子・訳)
こんな感じで、ジバンシィとオードリーの人生が、それぞれに同時進行で進んでいく。
ジバンシィ家では、「ママ、ぼく、ドレスをデザインしたい。ファッションデザイナーになるよ」と将来の夢を語るユベールに、「あら、いいじゃない」「わたしにも、きれいなドレスを作ってくれる?」と、ママは答えている。
一方、フランスからイギリスへ引っ越したオードリーは、ロンドンでバレエを習うが、バレエ学校の先生から「あなたはプリマにはなれないわ。背が高すぎるもの」と言われてしまう。
オードリー・ヘプバーンの身長は170cm。
バレエをあきらめたオードリーは演劇の勉強をはじめ、映画女優としての道を歩き始める。
その頃、ファッションデザイナーとなったユベール・ドジバンシィは、洋服のデザインのことで悩んでいた。
「この頃の服は、ごちゃごちゃしすぎている。もっとシンプルで、エレガントなデザインにできるのに……」
ユベールは、シンプルで美しいドレスを考案し、さらに、自由に組み合わせのきく、ブラウスやスカートのセパレーツ、おしゃれな帽子などをデザインしていく。
パリで初めてのコレクションを発表したジバンシィのファッションショーは大成功。
誰もが、ジバンシィのドレスやジャケット、ブラウスを欲しがったが、なかでも人気の高かったのが、袖のフリルに黒い刺繍のある<ベッティーナ・ブラウス>だった。
ベッティーナ・ブラウスは1952年(昭和27年)発表。ちなみに「ベッティーナ」は、コレクションの発表会で、このドレスを着用していたトップモデル<ベッティーナ・グラツィアーニ>に因んでいる。
同じ頃、映画『ローマの休日』で主演を演じたオードリー・ヘプバーンは、人気女優の仲間入りを果たすが、次の映画のための衣装が、なかなか見つからない。
『ローマの休日』(1953)で人気女優となったオードリーの次作は『麗しのサブリナ』(1954)。この映画でオードリーは、私物のジバンシィ3点を着用。本作で、衣裳デザイナーのイーディス・ヘッドは、<アカデミー衣裳デザイン賞>を受賞しているが、受賞対象となっていたのはジバンシィのドレスだったと言われている。
どの洋服も「こっちはぴらぴら、あっちはぶかぶか」「子どもっぽかったり、古くさかったり、みっともなかったり」。
そんなとき、友人がアドバイスしてくれたのが、「ユベール・ド・ジバンシィ」というパリの人気デザイナーだった。
オードリーは、早速、パリへ飛んで、ジバンシィのショップでジバンシィと初対面の挨拶を交わす。
ジバンシィがデザインした洋服をオードリーが試着した瞬間、ユベールの目が輝いた。
「どの服も、まるで、あなたのために作ったようだ!」
ここから二人の人生が合流して物語は進んでいく。
宝石店の前で朝食を食べる、気紛れな女性の役を演じたオードリーのためのドレスをデザインしたのもユベールだった。
トルーマン・カポーティの名作『ティファニーで朝食を』でオードリー・ヘプバーンが主演を務めたのは1961年(昭和36年)。この映画は、オードリーの代表作となったが、原作者のカポーティからは、「こんなにひどいミスキャストの映画は見たことがない」「あの役をオードリーがやると決まった時には、ショックで怒りに震えました」と不評を買った。
いつの間にか、世界中で一番有名な女優となったオードリーは、いつでもジバンシィの服を身に付けていた。
「ジバンシィはあなたのボーイフレンド?」友だちにそうきかれるたび、「いいえ」とオードリーはこたえます。「それ以上の人よ。彼の服を着ていると、わたしは守られているように感じるの。なんだって、できる気がするの」(フィリップ・ホプマン「ジバンシィとオードリー―永遠の友だち―」野坂悦子・訳)
二人はいつまでも──永遠の友だちだった。

一流同士の共鳴が、この物語には溢れている
本作『ジバンシィとオードリー―永遠の友だち―』は、ジバンシィとオードリーの人生を辿りつつ、二人の友情を綴った物語である。
厳密な意味で「伝記絵本」とは言えないかもしれないが、多分に「伝記絵本」としての要素を含んだ物語と言うことはできる。
二人を知らない子どもたちも、ジバンシィが人気デザイナーであることや、オードリーが国際的に有名な女優であることは、本書から学ぶことができるだろう。
そして、男性の一流デザイナーと人気女優の友情がテーマになっている点は、子どもでなくとも興味を惹くポイントである。
「ジバンシィはあなたのボーイフレンド?」と訊ねられるたびに、オードリーは「いいえ、それ以上の人よ」と答えた。
「彼の服を着ていると、わたしは守られているように感じるの」というオードリーの言葉は、デザイナー・ジバンシィに対する全幅の信頼を意味する。
美を追求した女優だからこそ、一流デザイナーの発想と技術に惹かれたのだろう。
一方のジバンシィにとってもオードリーは、永遠のミューズ(女神)であり続けた。
一流同士の共鳴が、この物語には溢れている。
忘れてはならないのが、この絵本のイラストの素晴らしさである。
ジバンシィとオードリー・ヘプバーンを描くのにふさわしい、オシャレでかわいらしいイラストが、二人の友情物語を支えている。
ちょっと気になる女の子にプレゼントしたい、そんなオシャレな絵本である。
書名:ジバンシィとオードリー―永遠の友だち―
著者:フィリップ・ホプマン
訳者:野坂悦子
発行:2019/2/11
出版社:文化出版局