日本文学の世界

池波正太郎「男の作法」男磨きをはじめるときに一番最初に読むべき本

池波正太郎「男の作法」男磨きをはじめるときに一番最初に読むべき本

仕事を楽しむコツ、似合う服はこう選べ、家族との付き合い方。

大作家が教える「粋な男になる秘訣」。

さあ、男磨きをはじめよう。

書名:男の作法
著者:池波正太郎
発行:1984/11/25
出版社:新潮文庫

作品紹介

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新潮社
¥605
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「男の作法」は、時代小説作家・池波正太郎による語りおろしのエッセイ集です。

なぜ「語りおろし」かというと、池波正太郎が語った内容を編集者が筆記し、それを池波正太郎が修正するという形で創り上げられた本だから。

テーマは男性の生き方についてで、著者の池波正太郎は「この本の中で私が語っていることは、かつては『男の常識』とされていたことばかりです」と綴っています。

(目次)はじめに/文庫版の再刊について///鮨屋へ行ったときはシャリだなんて言わないで普通に「ゴハン」と言えばいいんですよ/勘定/トロ/顔/人事/目/組織/勝負/休日/旅行/おみやげ/新婚旅行/結婚/靴///そばを食べるときに、食べにくかったら、まず真ん中から取っていけばいい。そうすればうまくどんどん取れるんだよ/うどん/ズボン/ネクタイ/スーツ/和服/羽織/帯/眼鏡/本/メモ/日記/浮気/慰謝料///てんぷら屋に行くときは腹をすかして行って、親の敵にでも会ったように揚げるそばからかぶりつくようにして食べなきゃ/贈り物/万年筆/年賀状/麻雀/カレンダー/クセ/約束/理想/赤ん坊/留守番/姑/週刊誌///たまにはうんといい肉でぜいたくなことをやってみないと、本当のすきやきのおいしさとか、肉のうま味というのが味わえない/食卓/母親/小遣い/チップ/退職金/電話/列車/心遣い///おこうこぐらいで酒飲んでね、焼き上がりをゆっくりと待つのがうまいわけですよ、うなぎが/つま楊枝/店構え/引き戸/日本間/マンション/一戸建て/家具/風呂/香奠///コップに三分の一くらい注いで、飲んじゃ入れ、飲んじゃ入れして飲むのが、ビールの本当にうまい飲み方なんですよ/酒/バー/バーテン/本屋/病気/体操/鍼/寿命/運命/死/生/占い/楽しみ/月給袋/女/運///解説(常盤新平)

単行本は、1981年(昭和56年)、ごま書房より刊行されています。

なれそめ

ラズウェル細木の『酒のほそ道』は、主人公のサラリーマン・岩間宗達が酒と肴を楽しみ尽くすという、いわゆるお酒コミックですが、この岩間宗達、粋な風流人に憧れながらも、実は他人の影響を極めて受けやすい性格。

おまけに、知ったかぶりと聞きかじりで通ぶる場面が何とも愛らしくて親しみを持てるのですが、この『酒のほそ道』の中にも、池波正太郎の著作がたびたび登場しています。

「男磨き」とかいう言葉を聞くと、僕はつい岩間宗達のことを思い出して、彼も『男の作法』を読んで粋な男になろうと頑張っていたのかななどと空想し、ひとりニヤニヤしてしまうのです。

あらすじ

てんぷら屋に行くときは腹をすかして行って、親の敵にでも会ったように揚げるそばからかぶりつくようにして食べなきゃ……。勘定、人事、組織、ネクタイ、日記、贈り物、小遣い、家具、酒、月給袋など百般にわたって、豊富な人生経験をもつ著者が、時代を超えた男の常識を語り、さりげなく男の生き方を説く。本書を一読すれば、あなたはもう、どこに出ても恥ずかしくない!(背表紙の紹介文より)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

おしゃれの真髄は、自分を客観的に判断できるようになること

自分のおしゃれをする、身だしなみをととのえるということは、鏡を見て、本当に他人の目でもって自分の顔だの躰だのを観察して、ああ、自分はこういう顔なんだ、こういう躰なんだ、これだったら何がいいんだということを客観的に判断できるようになることが、やはりおしゃれの真髄なんだ。(「ネクタイ」)

好きなものと似合うものは違う。

若い頃は好きなものだけを着ていれば良かったかもしれないけれど、社会的な立場を得るようになると、好きなものだけを着て生きていくことは難しい。

自分を客観的に判断する目線について、池波先生は「映画を観るとか、小説を読むとか、いろんなものを若いうちに摂取していれば、自然にそういう感覚というのは芽生えてくるわけですよ」と語っています。

つまり、様々な面で自分磨きをしていくことで、おしゃれのセンスも自然に磨かれていくということなんでしょうね。

「いろんな面で自分というものを自分で見つめて、客観視することができるようにする訓練、これが大切なんだよ」。

唐辛子は、そばそのものの上に振っておく

唐辛子をかけたかったら、そばそのものの上に、食べる前に少しずつ振っておくんだよ。それでなかったら、もう、唐辛子の香りなんか消えちゃうじゃないか。(「そばを食べるときに、食べにくかったら、まず真ん中から取っていけばいい。そうすればうまくどんどん取れるんだよ」)

蕎麦屋へ行くと、僕は99パーセントくらいの確率で「せいろ(もり)」を食べます。

別に「通」とかそういう問題ではなくて、蕎麦は純粋に蕎麦そのものの味を楽しみたいと思っているから。

蕎麦には三段食いという食べ方があります。

最初は、薬味を入れずに蕎麦だけ食べる、次に、ネギを入れて食べる、最後にワサビを入れて食べる、という例の食べ方です。

僕は、蕎麦の上に唐辛子を振って、それからツユに付けて食べる食べ方が好きです。

まあ、池波先生の本を読んでから、そういう食べ方をするようになったんですが、この食べ方は、唐辛子の風味を楽しむのに、なかなか秀逸だと思います。

人生の味わいは理屈では決められない中間色にあるんだ

人間とか人生とかの味わいというものは、理屈では決められない中間色にあるんだ。つまり白と黒の間の取りなしに。その最も肝心な部分をそっくり捨てちゃって、白か黒だけですべてを決めてしまう時代だからね、いまは。(「顔」)

この本が書かれたのは1981年(昭和56年)のことですが、この時代で既に、日本は「白か黒か」の択一的な社会になってしまっていることを、池波先生は指摘しています。

昭和30年代くらいまでの日本は、むしろ寛容な社会で、細かい部分というのは、それなりに人々の中で何となく消化されていたわけですが、高度経済成長を経て文明社会へと発展した日本では、そんな社会の中の隙間みたいなものは、存在することが難しくなってしまいました。

人によっては息が詰まりそうな社会ですが、細かい部分までが決められていないと、うまく機能していかないのが現代日本、ということもできそうです。

だけど、大人の男性だったら、黒と白の中間色を自分の中に持っておくくらいの、心のゆとりも欲しいものですね。

そうすることで、人生の選択肢は、ずっと豊かになるような気もするのですが、、、

読書感想こらむ

池波先生のエッセイの真髄は、やはり美味しいものを食べることにあるのではないでしょうか。

『男の作法』でも、食べ物に対する池波先生の哲学はしっかりと描き出されています。

特に、鮨とか蕎麦とかてんぷらとか、東京の人たちが好んで食べるものに関する池波先生の姿勢は一層に厳しくて、ここまで食べ物にこだわることが、つまり、粋な男につながるのだということに気付かされます。

それは、単に食べものと向かい合っているのではなくて、料理屋では料理を創っている職人と向き合っているという意識が、池波先生の中には常にあるから。

料理人に失礼なことはできない。

そのことを忘れなければ、粋な生き方というのは決して難しいものではないんですよね、きっと。

男磨きを始めたいと思っている男性諸氏に、最初の一冊としてお勧めします。

むしろ、大人の男性として、池波正太郎を読んだことがないなんて、恥ずかしくて人前で言えないじゃないですか(笑)

まとめ

人生の達人・池波正太郎が語る男の人生哲学。

時代を超えた「男の常識」を学ぶために。

男磨きというのは、それほど難しいことじゃないんだ。

著者紹介

池波正太郎(時代作家)

1923年(大正12年)、東京生まれ。

1960年(昭和35年)、『錯乱』で直木賞受賞。

『男の作法』刊行時は58歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。