庄野潤三の世界

村上春樹「若い読者のための短編小説案内」で庄野潤三「静物」を読む

庄野潤三さんのことを調べていく中で、村上春樹さんの「若い読者のための短編小説案内」を読みました。

村上さんは庄野さんの「静物」を取り上げています。

書名:若い読者のための短編小説案内
著者:村上春樹
発行:2004/10/10
出版社:文春文庫

作品紹介

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「若い読者のための短編小説案内」は、村上春樹さんによる読書案内です。

ただの読書感想とか書評とかいうよりは、大学の講義でひとつの作品を深く考察していくような、かなりマニアックな内容になっています。

冒頭の「僕にとっての短編小説」の中で、村上さんは「本書『若い読者のための短篇小説案内』では、そのような僕なりの短編小説の読み方を文章のかたちにしてみました」と書いています。

「1991年から93年にかけてアメリカのプリンストン大学に、visiting lectureという資格で招かれたときに、どうしても週に一コマだけ大学院の授業を持たなくてはならないことになり」、村上さんは「『いったい日本文学に関して自分は何を教えればいいんだろう、何を教えられるのだろう?』とずいぶん悩んだ」末に、「結局『これは僕にとってもひとつの大きなチャンスだから、ものを上から教えるというのではなく、「第三の新人」の作品を、学生たちと一緒に系統的にじっくり読みこんで、それについてみんなでディスカスしてみたらどうだろう』という結論に達し」たそうです。

どうりで大学の授業みたいな構成になっているわけですね。

なお、初出は「本の話」(文藝春秋)1996年1月号から1997年2月号まで連載されたもので、単行本は1997年に文藝春秋から刊行されています。

戦後日本の代表的な作家六人の短編小説を、村上春樹さんがまったく新しい視点から読み解く画期的な試みです。「吉行淳之介の不器用さの魅力」「安岡章太郎の作為について」「丸谷才一と変身術」……。自らの創作の秘訣も明かしながら論じる刺激いっぱいの読書案内。「小説って、こんなに面白く読めるんだ!」(背表紙の紹介文)

あらすじ

「若い読者のための短編小説案内」では、村上春樹さんが戦後の日本文壇で活躍した、いわゆる「第三の新人」と呼ばれる作家群の作品6篇を紹介しています。

(目次)僕にとっての短編小説―文庫本のための序文/まずはじめに/吉行淳之介「水の畔り」/小島信夫「馬」/安岡章太郎「ガラスの靴」/庄野潤三「静物」/丸谷才一「樹影譚」/長谷川四郎「阿久正の話」/あとがき/付録「読書の手引き」

収録作品については村上さんの「ここでテキストとして取り上げる作品のおおよそ半分くらいは有名なもの、あるいは定評のあるものですが、あとの半分はそれほど有名ではないもの、これまであまり取り上げられる機会のなかったものを意識的に選びました」というコメントが参考になりそうです。

また、「僕が主催者として参加者(学生)に要求したことが三つある」「ひとつは何度も何度もテキストを読むこと、細部まで暗記するくらいに読み込むこと」「もうひとつはそのテキストを好きになろうと精いっぱい努力すること」「最後に、本を読みながら頭に浮かんだ疑問点を、どんなに些細なこと、つまらないことでもいいから(むしろ些細なこと、つまらないことの方が望ましい)こまめにリストアップしていくこと」とも記されています。

「この三つは、真剣に本を読み込むにあたって、僕自身が常日頃心がけているポイントでもある」ということなので、真剣に読書をしたい方には参考になるかもしれませんね。

なれそめ

僕が初めて「若い読者のための短編小説案内」を読んだとき、ここに収録された作家群(いわゆる「第三の新人」)は、まったく未知の作家ばかりでした。

強いて言えば、吉行淳之介と安岡章太郎、小島信夫、丸谷才一のいくつかの作品を読んだことがあるくらいで、正直に言って「読んだうちには入らない」くらいのものです。

最近になって「第三の新人」に興味を覚えた僕は、庄野潤三さんの作品を続けて読んでいるところであり、「そういえば、村上さんの本にも庄野さんのことが書かれていた」という微かな記憶を思い出して、今回久しぶりに本書を読み返してみることにしました。

あくまでも庄野潤三さんについて調べているところなので、今回僕が読んだのは「僕にとっての短編小説―文庫本のための序文」「まずはじめに」「庄野潤三/静物」「あとがき」「付録/読書の手引き」だけで、つまり読書案内としては庄野潤三さんに関する部分だけです。

こういう構成の本は、必ずしも通読する必要がないというところが良いですね。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

どこまでが私小説的であり、どこからが私小説的でないか

これは「第三の新人」というグループに属する(と一般に考えられている)作家たちの多くについて言えることだと思うのですが、彼らの作品を読む場合には「どこまでが私小説的であり、どこからが私小説的でないか」という見切りが、かなり大事なものになってきます。(村上春樹「「若い読者のための短編小説案内」」)

本書において「静物」を取り上げる理由について、村上さんは「庄野潤三の作品をどれかひとつ取り上げるとしたら、なんのかんの言ってもやっぱりこの作品しかないと思います」と記しています。

「第三の新人が世に出てきたときに、文壇の主流は『こんな私小説的な小市民的な、身近な狭い世界しか描けない作家たちは、早晩どこかに消えていくだろう』と軽んじるわけですが、どうしてそんなに甘くはない」と、村上さんは指摘しています。

それは「彼らは彼らなりにしたたかであり、二枚腰的に戦略的でもあった」からであり、第一次、第二次戦後派のような「いささか重苦しい構築性、意識性」からあえて逃れるために、彼らは「自分の背丈にあった私小説の入れ物をよそから持ってきて、それにうまく、ヤドカリ的に自分をあてはめていった」というのが、「第三の新人」のやり方でした。

村上さんも「僕はあるいは、彼らのそのようなクレバーな、そして諧謔的な部分に心を惹かれているのかもしれません」と、自己分析をしています。

そして、そのような視点から考察した場合においても、庄野さんの「静物」という作品は「『私小説/非私小説』という境目が他の人たちの場合ほどクリアには見えてこない」「ドンガラと内容の区別がそれほど明確ではない」というのが、村上さんの「静物」に対する基本的な感想のようです。

文章は非常にうまいし、感覚も鋭く、高い志もあるのだけれど、器用ではない

この作家は、そういう面においては決して器用ではなかった。小説家としては良くも悪くも、いささかまっとうすぎる。文章は非常にうまいし、感覚も鋭く、高い志もあるのだけれど、器用ではない。平たく言えば、ワルが入ってない。(村上春樹「若い読者のための短編小説案内」)

「器用ではない」という言葉については、村上さんの解説があります。

器用な作家であれば、よそからどんどん「他者としての物語」を引っ張ってきて、それをうまく「自己としての物語」の中に取り入れて小説世界を広げていけたかもしれないけれども、庄野さんは「他者としての物語」を引っ張ってくるほど器用ではなかった。

庄野さんの作品に私小説と非私小説との境目が分からないという理由も、その辺りにあるのかもしれませんね。

「夕べの雲」では、あまりにも強固に作者の姿勢が確立されすぎています

そのイノセンスへの傾倒ぶりは、後年の作品「夕べの雲」(これは家族構成からみても、明らかに「静物」の続編と考えられます)においてはますます強くなってきます。しかし僕の好みから言えば、この「夕べの雲」では、あまりにも強固に作者の姿勢が確立されすぎています。そこからは「静物」に見られた張りつめた緊張感が失われていると、僕は感じます。(村上春樹「「若い読者のための短編小説案内」)

「静物」で見られた家族間の緊張感が「夕べの雲」では失われている。

その理由について、村上さんは「主人公は家父長として成功を収め、それに少なからぬ自信を抱くようになっているわけです」と指摘していますが、それは多分そのとおりだと、僕も思います。

庄野文学に登場する家族関係は、登場人物を次々と増やしていきながらも、初期の作品に見られた緊張感がないばかりか、むしろ一層の安定感を見せていきます。

その安定感の中にこそ、庄野文学の魅力があるのだと思いますが、「丘の上の家は、まるで俗世の汚れを寄せつけぬ堅固な城のようにさえ見受けら」るところが、村上作品との大きな違いであるということは言えそうですね。

読書感想こらむ

大学生の頃、文学サークルに所属していた僕は、年に何度か開催される「合評会」なるイベントで、ひとつの文学作品について、サークル仲間の人たちと議論をしました。

自分では気付かなかった視点から繰り広げられる仲間たちの意見はすごく参考になったし、なにより文学についてまじめに考えて議論できる仲間がいるということが、とても幸せなことだと思いました。

大学を卒業した後は、僕の予想どおり、文学についてまじめに話をする機会もなく、ろくに本を読んだこともない人たちに囲まれて仕事をするようになりました。

今回、村上春樹さんの「若い読者のための短編小説案内」を読みながら、久しぶりに僕は大学時代の仲間たちと交わした文学論のことを思い出しました。

たくさんの作品を次々に読破していく快感も捨てがたいけれど、ひとつの作品をチューインガムを噛むように何度も何度も繰り返して読むという作業も、やっぱり必要なことなんですね。

まとめ

「若い読者のための短編小説案内」は、村上春樹という小説家の視点から見た読書案内です。

大学の授業のように深い考察が展開されているので、読書感想文を書く時の参考にもなりそうです。

著者紹介

村上春樹(小説家)

1949年(昭和24年)、京都市生まれ。

30歳のときに『風の歌を聴け』でデビュー。

「若い読者のための短編小説案内」刊行時は48歳だった。

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。