庄野潤三の世界

庄野潤三「王様とペンギン」~「夕べの雲」のプロトタイプとなった幻の家族小説

庄野潤三「王様とペンギン」読了。

「王様とペンギン」は、1960年(昭和35年)の「婦人之友」(11月号・12月号)に連載された中編小説である。

なお、本作は、作品集には未収録となっている。

中学一年生の和子と小学三年生の四郎

中学一年の<和子>が、三年ほど前に、父親である<私>の姿を写生したことがある。

その頃、<私>は、ラジオの野球中継を楽しみにしていたが、応援するチームが負けているときには、椅子の底に沈んだようになって黙っていて、生きた心地がしないような顔で描かれていた。

「家の中に疫病神がじっとしているみたいだな」と言うと、和子は声を立てて笑った。

和子の弟の<四郎>は小学三年生だが、ある日、テレビの野球放送を聴いて「あ、ピッチャーはペンギンだって」と言った。

アナウンサーが「ピッチャーは辺見」と言ったのを「ピッチャーはペンギン」と理解したものらしい。

さらに、別のときには「あ、一塁のランナーは王様だって」と言ったこともある。

このとき、アナウンサーは「一塁のランナーは大沢」と言ったのだが、四郎の耳には、「一塁のランナーは王様」と聞こえたのだろう。

そんな四郎が、学校の野球チームに出場したという。

四郎は、自分の守備位置さえも分かっていない、頼りない選手だったが、その話を聞いて、<私>は、自分が野球を始めた小学校の頃のことを思い出す。

それから、<私>はターミナルの百貨店へ行って、四郎のためのバットとグラブとボールを買い求めてきた。

四郎は喜んで、早速、二人でキャッチボールをするが、四郎は<私>の球を上手に捕ることができない。

私は考えた。こういうことは急いでは駄目だ。練習を重ねて行くうちに、本人が経験によって覚え込むよりほか仕方がない。人生のことだって、キャッチ・ボールと同じかも知れない。大事なコツというものは、そばから親が教えてやれるものではなくて、本人が自分で苦心してつかむ以外にない。もどかしくても、それを待つよりほかない。(庄野潤三「王様とペンギン」)

二号連載の前半は、父親である<私>が、そんなふうに悟ったところで、話が終わる。

次に、後半の物語は、四郎が、<私>に向かって「はい、パチリ8」と声をかけるところから始まる。

この家では、テレビのスイッチを入れるのは<私>か妻のどちらかと決まっているので、四郎は私に「8チャンネルを付けてくれ」と言っているのだ。

<私>は、子どもたちが楽しみにしている漫画の放送を苦々しく思っているが、<ラビット>という名前の兎と<タイガー>という名前の虎が登場する五分間の外国漫画は、おもしろいと思うようになった。

「あ、お父くんが笑ってるぞ」と四郎は云った。「おもしろい?」「うん、面白いよ」「だから、ぼく、いつも見てるんだよ」(庄野潤三「王様とペンギン」)

<私>は自分の不明を詫び、それ以後は四郎が「はい、パチリ」と云うと直ちにスイッチを入れるようになった。

「夕べの雲」のプロトタイプとなった「王様とペンギン」

この年(1960年)6月、庄野さんは名作「静物」を発表し、11月には『静物』により<第七回新潮社文学賞>を受賞するのだが、「王様とペンギン」は、「静物」の作者としてふさわしい作品とはならなかったらしい。

「静物」同様に、短いエピソードをいくつも組み合わせる形の小説だが、残念ながらテーマが不明で、筋が一貫していない。

作者の主張がストレートに露出しすぎている嫌いもある。

本当をいうと、私はテレビを家で買う前にかなり長い間、ためらった。私は自分の家の中に映画館が出来るのを好まなかった。家族だけで独立した一つの世界があるのに、その中へ私たちの好みとか気風からかけ離れた雑多で統一のない世界が持ち込まれることは御免だ。私は家庭の中を一つの王国のようにしたいという念願を抱いているのだから。(庄野潤三「王様とペンギン」)

テレビを購入するにあたって、作者の自論が、この後も長く続く。

掲載誌が「婦人之友」だということも多分に意識されているのだろう。

どうにも教育論を読まされているような錯覚を受ける。

実は、この作品は、福永武彦の連載小説「夢の輪」が、作者急病のために休載となったことを受けて、急遽書かれたものらしい。

物語が第二話で完了してしまっているのも、何となく中途半端である。

もっとも、「はい、パチリ8」から始まるテレビ漫画のエピソードは、やがて名作長篇「夕べの雲」の中へ再び登場してくるから、この「王様とペンギン」は「夕べの雲」へとつながるプロトタイプのような作品だったのかもしれない。

作品集に入らなかったのは残念だが、庄野さんの貴重な初期<家族小説>である。

作品名:王様とペンギン
掲載誌:婦人之友
発行:1960/11-12
出版社:婦人之友社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。