日本文学の世界

原田康子「挽歌」若い女性はなぜ寝取られ男と不倫の恋に落ちるのか

原田康子「挽歌」あらすじと感想と考察

命日が近いので、原田康子さんの「挽歌」を読みました。

戦後を生きる新しい女性像が、クールに描かれています。

書名:挽歌
著者:原田康子
発行:1959/11/30
出版社:新潮文庫

作品紹介

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新潮社
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「挽歌」は原田康子さんの長編小説です。

八木芳徳さんの解説によると、「この小説が当時作者の在住する北海道の釧路市から出ていた『北海文学』というガリ版刷りのささやかな同人雑誌に連載されたものである」と紹介されています。

また、「この小説が昭和31年12月、東京の新興の出版社である東都書房から単行本として刊行されるやたちまち70万部という驚異的な売れ行きをみせて大ベストセラーとなり、当時の出版界に華やかなセンセーションを巻きおこすと同時に、一個の無名の女性作家原田康子の名を一躍全国的なものにした」と、この小説が、社会現象にまでなるほどのベストセラー作品となったことも、併せて記しています。

実際、原田さんの「挽歌」は、ベストセラーとなったことを受けて、国内で映画化やテレビドラマ化されるほか、海外数か国でも翻訳出版されるほどの超話題作となりました。

1956年(昭和31年)、第8回女流文学賞を受賞。

あらすじ

舞台は、1950年代の北海道釧路市。

主人公の兵藤怜子は、幼い娘の父親でもある建築家の桂木節夫と深い関係になってしまいます。

一方で、怜子は、桂木の知らないところで桂木夫人にも近づき、桂木夫人が持つ不倫の秘密を知ってしまいます。

怜子の幼馴染である久田幹夫は、自己破滅型とも思われる怜子の行動を心配しているのですが、、、

北海道の霧の街に生いたち、ロマンにあこがれる兵藤怜子は、知り合った中年建築家桂木の落着きと、かすかな陰影に好奇心を抱く。美貌の桂木夫人と未知の青年との密会を、偶然目撃した彼女は、急速に夫妻の心の深みにふみこんでゆく。阿寒の温泉で二夜を過し、出張した彼を追って札幌に会いにゆく怜子、そして悲劇的な破局――若さのもつ脆さ、奔放さ、残酷さを見事に描いた傑作。(カバー文)

なれそめ

原田康子さんの「挽歌」は、北海道の釧路地方を舞台としたご当地小説です。

僕は、読書をする上で北海道文学をひとつの柱としているので、戦後間もない時代に大ベストセラー作品となった「挽歌」には、当然強い関心がありました。

さらに最近は、戦後の、特に昭和中期の小説を集中的に読んでいるところなので、この「挽歌」は、僕にとってはいくつもの意味で、早く読まなければいけない作品でもありました。

昭和時代のベストセラー作品の多くが入手困難となる中、幸いにして原田康子さんの「挽歌」は、新潮文庫で現在も発売が継続されており、容易に読むことができる戦後のベストセラー作品です。

解説で八木義徳さんが「この作品が本文庫におさめられた昭和36年から61年までに46刷という版を重ねている。『挽歌』はベストセラーであるばかりでなく、ロングセラーとなったわけである」と書いてあるのも納得で、僕が持っている新潮文庫版は平成25年の68刷改版でした。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

わたしはダフネの店の中にたてる、クリスマス・トリーの飾りつけを手伝いに行った。

わたしと少女は、樹の形が整うと飾りつけをはじめた。大きなボール箱に、金、銀、赤、緑のモール、ちいさなサンタ・クロース、煉瓦の煙突のある赤い家、橇、銀色の鐘に、金色の星などがいっぱいつまっていた。(原田康子「挽歌」)

「挽歌」は非常に季節感に溢れた小説で、昭和30年頃の風俗が女性らしい繊細な目線で描かれています。

主人公の怜子は「クリスマス周辺で、わたしが一番愉しく感じるのは、このトリーを飾るときなのである」と述べていますが、クリスマスを巡る幼少時のエピソードや、「夜の空気は硬く冷え、風のすこしもない街に、あちこちの商店や酒場からジングルベルと、ホワイト・クリスマスと、サンタ・クロースがやって来る、の音楽が流れ、クリスマウ・イーヴの、そのまた前夜祭のような街の気配であった」などの文章にも、怜子のクリスマスに対する憧れの気持ちが表れています。

そして、怜子が桂木と不倫の恋に落ちてしまうのも、そんなクリスマス・イヴの夜でした。

ムッシュがコキュだからよ。

「いい言葉教えようか、おじさん」と、わたしは彼の横顔をみながら言った。わたしはちょっと唇を噛み、綴りの文字を一字ずつ切り離して、「C、O、C、U……」つづけて発音すると、コキュという滑稽で悲哀のこもった言葉になる。(原田康子「挽歌」)

桂木夫人の不倫を知った怜子は、桂木に対して「コキュ」という言葉を投げつけます。

フランス語で「妻を寝取られた夫」という意味を持つ、この言葉を聴いた瞬間に、桂木は怜子の唇を盗みます。

そして、翌日の桂木は「K温泉」(川湯温泉)のホテルまで怜子を連れ出し、怜子とクリスマス・イヴの夜を過ごします。

物語の後半には、怜子が桂木に対して「わたしがムッシュを好きになったわけ教えてあげる」「ムッシュがコキュだからよ」「ムッシュの傷にさわりたかったのよ。傷があるってことはすごい魅力的だわ」と、再び、桂木を「コキュ」という言葉で挑発する場面も登場。

怜子の複雑な心理展開が、この小説のひとつの見どころとなっているようです。

薄い曇り日の札幌に着いたのは午前八時だった

そうして街を歩くのがわたしには楽しかった。商品の豊富な、光りの溢れた店先に、雪がゆっくり落ちてきたりすると、わたしは、わたしが札幌ではなく外国の北の町、ドリーム・シティとでも呼ぶべき町を、恋人と一緒に歩いているような気がして一人で喜んだ。(原田康子「挽歌」)

長期出張に出かけた桂木を追って、怜子は札幌の街へ出ます。

怜子の暮らす釧路市も、道東の拠点都市ではありますが、札幌は釧路とは比べ物にならない都会であり、若い怜子の感性を強く刺激しました。

ちなみに、昭和30年当時の札幌の人口はおよそ42万人。

200万人近い現在とは比べ物にもなりませんが、それでも札幌が、若者にとって憧れの都会であったことは間違いないようです。

怜子が乗った列車は、釧路発・函館行きの夜行急行「まりも」で、夜9時に釧路を出発して、翌朝8時に札幌到着。

釧路・札幌間が11時間というところにも、時代を感じますね。

札幌が遠い街だったわけです。

読書感想こらむ

原田康子さんの「挽歌」は、一言で言って不倫小説ですが、ベトベトした感じは全然ありません。

それは、一般の若者らしくない怜子の、どこか客観的で冷めた生き方が、原田さん独特のクールでドライタッチの文章で表現されているところが大きいのかもしれません。

いわゆる恋愛ズブズブの物語ではなく、怜子はまるで芝居の登場人物を演じるかのように、桂木を傷めつけ、桂木夫人を傷めつけ、幼馴染の久田幹夫を傷めつけ、そして、最終的には自分自身をも傷めつけていきます。

背景としては、病気で左腕に障害を負ってしまったことや、敗戦による社会的価値観の転換などが示唆されていますが、それにしても、怜子の生き様は、65年経った現代から見ても、かなり斬新です。

美しく描かれる季節感や北海道の釧路地方の風物詩など、克明に描かれる背景も見どころのひとつ。

文学作品としてお勧めしたい戦後のベストセラー作品です。

まとめ

原田康子さんの「挽歌」は、昭和30年代の大ベストセラー小説です。

怜子と桂木の不倫関係を中心に、いくつもの愛が交錯する人間模様。

北海道の釧路地方を生きる若者たちの物語です。

著者紹介

原田康子(小説家)

1928年(昭和3年)、東京生まれ。

東北海道新聞の記者を経て、小説家デビュー。

「挽歌」刊行時は28歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。