日本文学の世界

夏目漱石「三四郎」都会の恋愛模様を描く、読書の秋にお勧めの青春小説

夏目漱石「三四郎」あらすじと感想と考察

夏目漱石の「三四郎」を読みました。

読書の秋にお勧めの青春小説ですよ。

書名:三四郎
著者:夏目漱石
発行:1938/5/15
出版社:岩波文庫

作品紹介

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「三四郎」は、夏目漱石の長編小説です。

いわゆる新聞連載小説で、1908年(明治41年)9月1日から12月29日まで、『東京朝日新聞』と『大阪朝日新聞』に連載されました。

単行本は翌1909年(明治42年)5月に春陽堂から刊行されています。

『それから』『門』へと続く三部作の第一作目。

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大学入学のために九州から上京した三四郎は東京の新しい空気のなかで世界と人生について一つ一つ経験を重ねながら成長してゆく。筋書だけをとり出せば『三四郎』は一見何の変哲もない教養小説と見えるが、卓越した小説の戦略家漱石は一筋縄では行かぬ小説的企みを実はたっぷりと仕掛けているのだ。 (解説:菅野昭正、注:大野淳一)

あらすじ

物語は、東京帝国大学(現在の東京大学)へ入学する主人公の小川三四郎が、上京のために乗っている列車の中のシーンから始まります。

列車で道づれとなった若い女性や学校の先生と思わる人物を始めとして、三四郎は様々な人物と出会い、社会を学び始めます。

やがて、一人の美しい女性(美禰子)に惹かれた三四郎は、二人の仲が相思相愛のものであると思い始めていくのですが、、、

なれそめ

夏目漱石の作品の中で、ひとつだけを選べと言われたら、僕は迷うことなく『三四郎』を選びます(多くの人が『こころ』を選ぶような気もしますが)。

それは理屈でどうこう言えるものではなく、この作品が僕自身に与えた影響が大きかったという、ただ、それだけの理由でしかありません。

毎年、僕は秋になると『三四郎』を読み返してみます。

それは『三四郎』が秋から始まる小説だからです(当時の東京帝国大学は9月入学だった)。

「読書の秋」の始まりを告げる、お勧めの文学作品です。

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

ストレイ・シープ(迷える子)―解って?

美禰子は三四郎を見た。(略)「迷子の英訳を知っていらしって」三四郎は知るとも、知らぬともいい得ぬほどに、この問を予期していなかった。「教えてあげましょうか」「ええ」「ストレイ・シープ(迷える子)―解って?」(夏目漱石『三四郎』)

『三四郎』を象徴するキーワードとして有名なのが「ストレイ・シープ」です。

仲間たちと菊人形を見物に出かけた三四郎は美禰子と二人きりで会場を抜け出し、仲間たちとはぐれてしまいます。

みんなが探しているかもしれないと心配する三四郎に、美禰子は「なに大丈夫よ。大きな迷子ですもの」と答えます。

二人の会話は、ここから「ストレイ・シープ」へと繋がっていくわけですが、三四郎には、この言葉の意味よりも「むしろこの言葉を使った女の意味」を理解しかねます。

黙って自分の顔を見つめている三四郎に向って、美禰子の発した言葉が「私そんなに生意気に見えますか」

この一言で、三四郎は美禰子の虜となり、「ストレイ・シープ」という言葉を胸に刻み込むようになります。

後日、三四郎の元に美禰子から、二匹の羊のイラストを描いた葉書が送られてきます。

三四郎の宛名の下には「迷える子」と小さく書かれていました。

今度は三四郎の方が香水の相談を受けた

二人の女は笑いながら側へ来て、一緒にシャツを見てくれた。(略)今度は三四郎の方が香水の相談を受けた。一向分らない。ヘリオトロープと書いてある壜を持って、いいかげんに、これはどうですというと、美禰子が、「それにしましょう」とすぐ極めた。(夏目漱石『三四郎』)

舶来品を扱う店でシャツを探していた三四郎は、偶然に美禰子と会います(美禰子は野々宮さんの妹・よし子と一緒だった。野々宮さんは大学の先輩の研究者)。

美禰子は三四郎に一緒に香水を選んでほしいとねだり、香水の知識などまったくない三四郎が選んだ「ヘリオトロープ」という香水を、三四郎に勧められるままに購入します。

ここまで来ると、三四郎が美禰子と相思相愛の関係にある(あるいは、なりつつある)と思い込んだとしても、三四郎を責めることはできませんよね。

もっとも、美禰子は、大学の研究者である野々宮の存在が気になっているかのような素振りを見せることもあり、三四郎は美禰子と野々宮との関係を、最後まで疑い続けなければなりませんでした。

結婚が決まったとき、美禰子は白いハンカチの匂いを三四郎にかがせながら、小さな声で「ヘリオトロープ」と呟きます

美禰子が繰り出す数々の意味深な態度に、純朴な青年・三四郎は最後の最後まで翻弄され続けたわけです。

我はわが愆を知る。わが罪は常にわが前にあり。

かつて美禰子と一緒に秋の空を見た事もあった。所は広田先生の二階であった。田端の小川の縁に坐った事もあった。その時も一人ではなかった。迷羊(ストレイシープ)。迷羊(ストレイシープ)。雲が羊の形をしている。(夏目漱石『三四郎』)

「結婚なさるそうですね」と三四郎に問われた美禰子は、聞きかねるほどのため息を微かに洩らしながら、聞き取れないくらいの声で「我はわが愆(とが)を知る。わが罪は常にわが前にあり」と呟きます。

それが、三四郎と美禰子との別れでした。

巻末にある大野淳一さんの注釈によると、この言葉は『旧約聖書』詩篇第五一中の詩句で、「わが愆(とが)」とは、イスラエルの王ダビデが、部下であるウリヤの妻バテセバを寝盗ってしまい、バテセバを奪い取るためにウリヤを戦死させたことだとされています。

キリスト教会に通う美禰子は、聖書の詩句を引用して「自分の罪を自分は理解している」「すべての罪は自分にある」と、三四郎に許しを乞うているものと受け取ることができそうです。

「美禰子の罪」とは言うまでもなく、その気もないのに三四郎を誘惑し、三四郎をその気にさせてしまったことでしょう。

あるいは、なかなか自分の誘惑に乗ってこない野々宮さんの気を引くために、三四郎の存在を利用したことと考えることもできそうです。

田舎から上京してきた純朴な青年は、最後まで純朴のままで終わります。

若い三四郎にとっては、これが終わりなのではなく、ここから始まりであったのです。

読書感想こらむ

『三四郎』は何度読んでも切ない小説です。

同年代とは言いながら、東京で生まれ育った美禰子が持つ天性の魔性に、三四郎がコロリとやられてしまう様子は、あながち他人事とは思われない傷みを共感できるからです。

もちろん、美禰子を「悪女」に仕立てあげてしまうことは適当ではないでしょう。

「迷える羊(ストレイシープ)」という言葉に暗示されているように、美禰子もまた、自分の行く先を見据えることのできない「さまよえる女性」と考えることができるからです。

もっとも、物語の最後に、美禰子が「我はわが愆(とが)を知る。わが罪は常にわが前にあり」と呟く場面は、美禰子が三四郎に対して抱いていた罪の意識が明らかにされているだけに、三四郎の傷心も、より激しく痛々しいものだったのではないでしょうか(いっそ言わないでほしかったよ、その言葉)。

唯一の望みは、三四郎はまだ若く、その先には未来があるということ。

そして、三四郎のこの未来は、翌年の夏に書かれる『それから』という作品に引き継がれていくことになります。

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まとめ

夏目漱石の『三四郎』は、読書の秋にお勧めの青春小説です。

長編小説ですが、読みやすいので、初心者の方にもおすすめ。

著者紹介

夏目漱石(小説家)

1867年(慶応3年)、東京生まれ。

38歳のとき、「吾輩は猫である」で小説家としてデビュー。

「三四郎」執筆時は41歳だった。

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。