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川本三郎「それぞれの東京」昭和の作家が生きた東京の街をスナップする

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川本三郎「それぞれの東京」読了。

川本三郎の著作は、小説と小説の合間の息抜きで読むことが多い。

読書によって生じた作家への興味関心を、川本さんの本は上手にすくいあげてくれるからだ。

「それぞれの東京」には「昭和の町に生きた作家たち」の副題がある。

まさしく、昭和の作家が生きた東京の街を紹介する内容で、そのまま文学散歩のガイドとして使えそうだ。

実際、作家が生きた街を歩いて、スナップ写真を添えているのだが、田村邦男さんのスナップ写真がとても良かった。

久しぶりに、カメラを持って街歩きをしたいという気持ちにさせてくれた。

本書は、作家の生きた街を、ストリート・スナップで再現していく本ということもできそうだ。

構成はシンプルで「下町の暮し、山の手の暮し」「郊外にある安息」「銀座も悪所も」の3つ。

採り上げられた作家は、定番の池波正太郎をはじめ、日本橋生まれの植草仁一、焼け跡の砂町で暮らした俳人の石田波郷、神田猿楽町出身の永井龍男、渋谷で育った大岡昇平、郊外住宅地だった荻窪で暮らした石井桃子、祐天寺の向田邦子、中央線を転々とした木山捷平、銀座のおかみとして生き抜いた鈴木真砂女など、バラエティに富んでいる。

文学者のみならず、紙芝居作家の加太こうじ、写真家の桑原甲子雄、モダン都市を描いた画家の松本俊介などもあって、幅広く東京カルチャー旅行を楽しむことができることも、本書の特徴と言っていいだろう。

石田波郷を一言でいえば、俳人であり、病人であった

いちばん驚くのは、波郷の家に近い南砂町に荷馬車の馬がいたこと。「昭和十年ごろには砂町に八百頭の馬がいた。荷馬車運送の全盛時代である」とある。それが昭和三十年代まで細々だが続いていた。波郷が砂町を「第二の故郷」と見たのは、農家の子供として、江東五区には故郷を思わせる農村風景が残されていたためではないか。(「石田波郷」)

昭和32年から翌年にかけて、石田波郷は読売新聞(江東版)に、写真と俳句と文章から成る「江東歳時記」を連載している。

石田波郷「江東歳時記」は講談社文芸文庫に入っているが、写真が収録されていないのは残念石田波郷「江東歳時記」は講談社文芸文庫に入っているが、写真が収録されていないのは残念

戦後、焼け跡の砂町で暮らすようになって、10年が経っていた。

「江東歳時記」の写真は、読売新聞のカメラマンが撮ったものが多いが、子息の石田修大の回想記『わが父 波郷』(白水社、2000)によると、何点かは当時、カメラに凝っていた波郷自身の作品も収録されているらしい。

「石田波郷を一言でいえば、俳人であり、病人であった」の言葉は、石田修大が綴ったものである。

永井龍男の小学校は夏目漱石と同じ錦華小学校だった

年齢を重ねるうちに生まれ故郷が懐かしくなったのだろう。還暦を過ぎて書かれた小説『石版東京圖絵』(昭和42年に「毎日新聞」に連載され、同年、中央公論社から単行本に)と、没後出版された随筆集『東京の横丁』(講談社、1991)の二冊で明治から大正期の猿楽町界隈を懐かしく思い出している。(「永井龍男」)

鎌倉文学館の初代館長を務めた永井龍男には鎌倉文士のイメージが強いが、実は東京神田の生まれという、生粋の東京っ子だった。

永井龍男の没後に出版された随筆集『東京の横丁』も講談社文芸文庫から出ている永井龍男の没後に出版された随筆集『東京の横丁』も講談社文芸文庫から出ている

猿楽町の生まれで、入学した小学校は夏目漱石が通ったことで知られる錦華小学校に通っている。

当時、神田には印刷所が多いところで、永井の父親も印刷所で校正の仕事をしていたが、肺を病んでいて十分に働けなかったので、一家の暮らしは楽ではなかった。

永井の長兄は、小学校を中途で退学し、印刷所の徒弟として働いていたという。

永井龍男が16歳のときに初めて書いた小説の題名が「活版屋の話」だったというのも納得できるエピソードである。

永井龍男『石版東京圖絵』は中公文庫に入っている永井龍男『石版東京圖絵』は中公文庫に入っている

石井桃子の代表作『ノンちゃん雲に乗る』は、戦前の東京郊外の住宅地を舞台にした児童文学だった

荻窪といえば、井伏鱒二が住んだ町として知られる。石井桃子の南口に対して北口のほう。清水町といい、荻窪駅からは歩いて20分ほどのところ。井伏鱒二が荻窪に居を構えたのは昭和2年のこと。広島県福山の旧家の子供、井伏鱒二ははじめ上京して早稲田で下宿していたが、そこが関東大震災でやられたので、決心して郊外の荻窪に家を持つことになった。(「石井桃子」)

石井桃子の代表作『ノンちゃん雲に乗る』は、戦前の東京郊外の住宅地を舞台にした児童文学だった。

埼玉県浦和生まれの石井桃子は、菊池寛の文藝春秋社に入社後、ようやく開けつつあった荻窪の街で暮らし始める。

関東大震災で壊滅的な打撃を受けた東京の人々が移動してきたことにより、荻窪や阿佐ヶ谷、西荻窪といった街が注目され始めていたらしい。

「清水町先生」として有名な井伏鱒二も、震災後に荻窪の住民となった一人で、石井桃子も井伏鱒二を訪ねては「ドリトル先生」の翻訳を促したりしていたのは有名な話。

1994年に岩波書店から出版された『幻の紅い実』は、昭和10年代の荻窪を舞台にした、石井桃子の青春小説だ。

表題の「紅い実」は「カラスウリ」のことで、戦前の郊外住宅の雰囲気をよく表している。

書名:それぞれの東京
著者:川本三郎
発行:2011/1/9
出版社:淡交社

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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。