いろいろの世界

常盤新平「おとなの流儀」こんな上司がほしかった!大人のエッセイ集

みんな恥をかいて大人になった。

恥をかくのは財産だ。

おそれずに恥をかけ。

大人だっていつも恥をかいているんだ。

書名:おとなの流儀
著者:常盤新平
発行:1998/5/1
出版社:マガジンハウス

作品紹介

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「おとなの流儀」は、直木賞作家・常磐新平が綴る大人のためのエッセイ集です。

常盤さんのあとがきによると、銀座の酒場で偶然に知り合った編集者に誘われて「クロワッサン」にエッセイと小説を連載し、その後、その編集者が「ダカーポ」に異動になった際に「僕の恥さらしな日記」なるエッセイを連載することとなり、それを単行本化したものが本書だということです。

本書掲載の文章は「ダカーポ」1994年10月19日号から1998年8月2日号に連載されたものに加筆を行ったもの。

近年「○○の流儀」的なタイトルの本が人気ですが、多くの場合、人生の達人的な偉い人が上から目線で「ご教示してやるからありがたく拝聴しろよ、愚民ども」みたいな内容になっているのに対して、本書の著者はどこまでも自然体。

失敗ばかり繰り返してきた己の人生を振り返りながら、「ああすれば良かった、こうすれば良かった」と、懺悔と後悔の告白をひたすら独白していきます。

そんな自分の人生と引き合いに出てくるのは、池波正太郎とか藤沢周平とか山口瞳とか、まさしく「人生の達人」と呼ばれるような大先生ばかりで、「私もあんなふうに生きたかった、でももう遅いですよね」と嘆く姿は、もうその辺の居酒屋で隣に座った酔っぱらいのおっちゃんです。

だけど、常盤さんの話は、若い人たちへの愛情に溢れていて、「自分はこんな失敗をしたから、君たちは気をつけて」とか「こんな自分でも大丈夫だったんだから、君たちも心配しなくて大丈夫だよ」みたいな、暖かいアドバイスがいっぱい。

そうか、僕はこんな上司が欲しかったんだ、と気付かせてくれます

なれそめ

自分磨きを意識するようになった頃、「○○の流儀」みたいな本をたくさん読みました。

よりどころみたいなものが欲しかったんだと思います。

で、探してみると、すごくたくさんあるんですよね、○○の流儀」みたいなタイトルの本。

常盤新平さんの「おとなの流儀」を見つけたのも、そんなときです。

そういえば僕は、80年代に書かれた常盤新平さんの著作の大ファで、相当数の本が書棚にはあります。

だけど、1998年に出版されたこの本は全然ノーチェックで、古本屋で見つけたときは、すごく懐かしい人に再会したような気持ちになりました。

そして、大好きな作家が書いた文章だからこそ、自分の中にどんどん染み込んできて、やっぱり本というのは「偉い人が書いたから」とか「有名な本だから」とか、そういう動機で読んでもあまり意味はないな、と思いました。

本というのは、自分の好きなものをたどっていくのが一番ですね。

本の壺

常盤新平さんの「おとなの流儀」には話のツボがいっぱい。絶対に全部は無理なので、その中でもお勧めのツボを3つだけご紹介したいと思います。

生き方のルールを身につける

飄々と生きているように見えて、実は自分に厳しい人だったんだろうな。

「おとなの流儀」を読んでいると、常盤新平さんのそんな自分に厳しい一面が随所に登場してきます。

なかなか厳しいことを指摘しているのに、表現が偉そうではなくて、自分の失敗を踏まえた教訓が多いから、自然体で受け入れることの多い人生訓です。

たとえば「いい酒場というのは男の財産だと僕は信じている」

酒場で多くの人と出会い、多くの失敗を経験してきたからこその言葉だと思います。

バクチというのは絶対に儲からないと僕は信じている。競馬が儲かるのであれば、競馬評論家はみな豪邸に住めるはずだ」も経験訓。

好きな作品だったら、好きな作家だったら、なんどでも読んでみることだ。読むたびに発見がある」

「いいホテルに泊まるときはケチケチしたくない」

「僕も老人に言葉をかけて、彼の話を聞くべきだった。本なんか読むより、その方が勉強になる」は、すごく良い言葉だなと思いました。

若者も中年も、もっとお年寄りの話を聴くべきだと思います。

「池波さんはじつによく映画を観ておられる。これは見習うべきことだ。映画は贅沢な遊びであり勉強なのである」などを読むと、新平さんは、本当に池波先生のことを崇拝していたんだなあと、しみじみと思います。

座っていて、上着のボタンをはずさないと、服がきつそうに見える。アメリカの大統領は、椅子に座っているときのロナルド・レーガンもジョージ・ブッシュもボタンをはずしていた」

「みんな長生きするようになって、老醜や生き恥なんていう言葉がめったに聞かれなくなった。かわりに、美しく老いるなどという。嘘ばっかり。年をとって美しいなんてことがあるものか。気持ちが悪い

ひっそりと死んでいきたいね。周囲が気づいたときには死んでいる。そして早く忘れてもらいたい。きれいさっぱりと忘れて欲しい」と新平さんは言っていたけれど、僕は今も新平さんの本を読みながら人生を勉強しています。

良い本に出会う

常盤新平さんはものすごい読書家で、その上、良い本を吸収して自分のものにして、それを人生に反映させようと努力してきた人だと思います。

この本を出版したときは既に67歳でしたが、文章は全然年老いていなくて、せいぜい30代の人が書いたのかなと言われてもまったく驚かないレベル。

全然達観していないけど、青臭いわけでもない。

自然と年を重ねて、自然と67歳になって、自然と生きたままで自然と死んでいくんでしょう、みたいに超然としながら、先輩作家の素晴らしいところを次々と取り上げては「僕なんて全然ダメだ」と嘆いてみせる。

でも、すごい読書家でさらに博識なものだから、素晴らしい先輩作家の作品が次々に登場してくるので、おとなの流儀」を読むだけで、読まなくてはいけない本が、世の中にはまだまだたくさんあることを知らされます

本書に繰り返し登場するのが池波正太郎と藤沢周平と山口瞳

池波先生なら「鬼平犯科帳」「剣客商売」に「池波正太郎の銀座日記」「よい匂いのする一夜」「私が生まれた日」などのエッセイ

藤沢先生も「蝉しぐれ」「橋物語」「海鳴り」「用心棒日月抄」「三屋清左衛門残日録」のほかに、「周平独言」のようなエッセイも良い。

男は50歳過ぎたら時代小説を読まなければなりませんね。

山口瞳先生だったら「男性自身」「新入生諸君!」

その他、本書に登場する本は、永井龍男「一個/秋/その他」「わが切抜帖より/昔の東京」「石版東京図絵」、佐田稲子「私の東京地図」、幸田文「流れる」、河盛好蔵「河岸の古本屋」、野口久光「想い出の名画」、井伏鱒二「厄除け詩集」、福原麟太郎「チャールズ・ラム伝」、「吉田勇歌集」「飯田龍太自選三百句」「木山捷平全詩集」などなど。

ぞくぞくするほど良い本ばかりで、新平さんのエッセイに登場する本を全部読んでいけば、かなりセンスの良い読書家になれるはずだ。

常盤新平さんは講談社文芸文庫をこよなく愛読していた。

大人はやっぱり講談社文芸文庫を読まなければいけない。

講談社文芸文庫が並ぶ書店があると嬉しくなる。(略)文芸文庫は若い人にも読んでもらいたいが、年寄りのための文庫ではないかと僕は思っている。若いときに読んだ本、読まなかった本をこの文庫で読んで、若かったころをもう一度経験してみる。(略)これが僕の読書の秋である。愛読する本は僕の友だちである。(常盤新平「おとなの流儀」)

心地良い生き方を見つける

誰でも真似できることではないと分かっていても、常盤新平さんの生き方っていいなと思います。

かっこいい言葉で言えば「ライフスタイル」って言うんでしょうか。

新平さんには「なんでもカタカナで言うな」って怒られそうですが。

余計な解説を加えるよりも、そのまま味わっていただきたい言葉がいっぱいです。

十二月の三十日に部屋の掃除を終えて、三十一日に映画を観るのはいいものだ。そのあと、蕎麦でも食って、うちに帰る」

「古くなったルイ・ヴィトンはほとんど見かけない。いったいどこに行ってしまうのか。古くなったルイ・ヴィトンにこそ魅力あふれたルイ・ヴィトンだと僕は思うのだが

「僕は夏を大事にしている。暑いのが好きだからではない。僕にとって大きなことが起こるのはたいてい夏だったから。自分で満足できる仕事ができたのも夏だった

「二週間か三週間に一度、床屋へ行く。十数年来、同じ店だ。行きつけの床屋があるのは、僕にとっては財産だ

スーツやスニーカーやシャツのブランドなどより花の名前を知ることの方がはるかに大切で優雅なことだと僕は思う

本は楽しむために、僕は読む

「僕は十二月という月は好きだ。池波先生の随筆やGinさんの日記を読んで「ただ生きているだけ」でもいいんだと納得する

「僕はいま永井龍男のエッセーを思い出している。そのなかに書いてあった言葉を新入社員諸君に贈りたい。「チェホフのように地味に、素直に、あたたかく、かったぶることなく」永井さんはこのようにして小説を書いた」

「上等の傘は中年以上になると持っておきたいものになる。いい傘を持っていると、雨がしとしと降っていても、胸が少しばかり躍っている。自己満足なのだが、僕はそれも大切だと思う」

読書感想コラム

加山雄三さんがデビュー50周年を迎えたときに「座・ロンリーハーツ親父バンド」というシングル曲を発表した。

ビートルズの曲をパクってきたようなふざけたタイトルだと思ったけれど、実際に聴いてみると、これが非常に良い曲だった。

何が良いのかというと、年老いることをしっかりと受け入れていることだ。

それも、あきらめとか悟りの境地とかいったネガティブな受け入れ方ではない。

明るく爽やかで前向きに、自分の「老い」を受け入れているのだ。

「誰でもいつか年をとる/当たり前じゃないかそんなこと/大切なのは胸の炎/燃やし続けていること」と、彼らは歌っていた。

まるで年老いた青春を謳歌するかのように、声高らかに。

そのとき僕は、年老いることは、実はそんなに怖いものじゃないんだなと思った。

そして、常盤新平さんの本を読みたいと思った。

まとめ

良い本とは良い上司のようなものである。

そして、常盤新平さんの「おとなの流儀」は良き上司のような存在だ。

厳しくもハートウォーミングな大人のエッセイ集。

著者紹介

常盤新平

1931年(昭和16年)、岩手県生まれ。

ハヤカワ・ミステリ・マガジン編集長を経て執筆業に入る。

本書発行時は67歳だった。

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じゅん
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庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。