庄野潤三「旅費節約の方法」読了。
本作「旅費節約の方法」は、1960年(昭和35年)10月『旅』に発表されたエッセイである。
この年、著者は39歳だった。
なお、作品集には収録されていない。
阿川弘之夫妻に教えられた旅費節約のテクニック
本作は、表題どおり、旅費を節約した旅行の指南エッセイである。
ただし、ここで庄野さんが指南しているのは、サンフランシスコからニューヨークまで大陸横断の鉄道旅行をしようと考えている人に向けた旅費の節約法である。
私は自分のアメリカ旅行の僅かな経験の中から、なるべく費用を少く済まして、それで大して苦痛にもならないばかりか、かえって気楽でもあり、また時にはなかなか味のある楽しみを得られることもあるといういろんな手をお話したいと思う。(庄野潤三「旅費節約の方法」)
長距離の鉄道旅行で節約しようと思ったら、食費を節約するしかない、と庄野さんは言っている。
汽車に乗る前に食糧を買い込んで、自分の座席で食べるのである。パンとソーセージ、ハム、チーズ、それにトマト、レタスなど野菜類を買って、自分でサンドイッチをこしらえて食べる。ミルクの紙の箱に入ったのが売っているから、そいつも忘れずに買っておく。水が飲みたくなれば、客車の一隅に必ず冷たい飲料水がある。そこへ行って飲めばいい。(庄野潤三「旅費節約の方法」)
この方法を、庄野さんは、自分より一年前にアメリカへ行った阿川弘之夫妻に教えられたという。
ガンビア滞在中、庄野さんは、二度のアメリカ旅行をしている。
一回目は、クリスマス休暇に一週間ほどワシントンへ行ったときで、このときは親しい学生の自動車に乗せてもらった。
二回目は、翌年の三月にニューオーリンズへグレイハウンド・バスで旅行したときだが、いずれの旅行でも、庄野さんはカツオブシ入りの海苔巻きを持参している。
私は何が好きといって、カツオブシの入った大きなにぎりめしを海苔ですっかり巻いたやつを食べるほど好きなことはない。(庄野潤三「旅費節約の方法」)
12月のワシントン旅行は『シェリー酒と楓の葉』で、3月のニューオーリンズ旅行は『懐しきオハイオ』の他、「南部の旅」を始めとする<長距離バスの旅三部作>などの短編小説で、その詳細を知ることができる。

そういう意味では、本作もまた「ガンビアもの」の作品の一つと言うことができるだろう。
金持ちの旅行をうらやむ必要はない
二回のアメリカ国内旅行のうち、本作で書かれているのはほとんど、グレイハウンド・バスを使ったニューオーリンズ旅行についてである。
ニューオーリンズで泊ったホテルは大きいホテルであった。セント・チャールズ・ホテルというところで、大岡昇平氏が前にこのホテルに泊ったことを「二人姉妹の庭」という短篇に書いておられたのを読んだ記憶がある。(庄野潤三「旅費節約の方法」)
残された作品を見ても、庄野さんの印象に強かったのは、やはり三月の南部旅行だったらしい。
学生と一緒のワシントン旅行は、大学生活の延長みたいなものだったが、夫婦二人きりで文化の異なる南部を旅する緊張感は、余程のものがあったのだろう。
興味深いのは、旅行に対する作者の姿勢である。
お金を節約した旅行について書きながら、庄野さんは「金持ちの旅行をうらやむ必要はない」と指摘している。
そういう金持のことを羨む必要はない。もしそういう旅行がしたければ、金持になった時にやればいいので、金持になるつもりがなく、またいくら頑張ってもとてもなれないと分っているなら、最初から羨むことはないのである。そして、金持が自分の金でもって楽しんでいる旅行について、「ああいうのはつまらない」などとよけいな口をさしはさむこともないわけだ。(庄野潤三「旅費節約の方法」)
「「ああいうのはつまらない」などとよけいな口をさしはさむこともないわけだ」というところがいい。
人はすべてめいめい自分の好きなように生きればいい。
各々、自分のノリを越えず、おのれの欲するところを行えばそれでいい。
旅行に対する姿勢が、そのまま、庄野さんの生き方となって表れている。
こういうエッセイを読む楽しみは、そんなところにもあったりするのだろう。
作品名:旅費節約の方法
著者:庄野潤三
誌名:旅
発行:1960/10
出版社:日本交通公社