日本文学の世界

小沼丹「不思議なシマ氏」謎多き登場人物と本格のんびりミステリー

小沼丹「不思議なシマ氏」あらすじと感想と考察

小沼丹「不思議なシマ氏」読了。

本作「不思議なシマ氏」は、1959年(昭和26年)5月~12月『プリンス』(プリンス自動車販売)に連載された中編小説である。

この年、著者は41歳だった。

作品集としては、2018年(平成30年)8月に幻戯書房から刊行された『不思議なシマ氏』に収録されている。

複線的な謎を解き明かしていく楽しみ

本作「不思議なシマ氏」は、謎の多いミステリー小説である。

事件としては、物語の語り手である<僕(ナカ氏)>の友人<ケン君>が、会社の社長から預かった荷物を盗まれてしまうという、かなりシンプルなストーリーなのだが、とにかく登場人物に謎が多い。

男は五十恰好で、黒いベレエ帽を被っていた。粗いチェックの上衣にダブダブのズボンをつけて茶色い靴を穿いていた。それは何れも上等の代物らしかった。が、同時に、ひどく古ぼけていた。(小沼丹「不思議なシマ氏」)

事件を解決する探偵役を務めるのは、突如として現れた謎の紳士<シマ氏>である。

そして、このシマ氏と関わりのあるらしい謎の美女<トンビ>も、事件には関わってくる。

さらに、ケン君の恋人で、トンビと容貌そっくりの美女<アカギ・トモコ>も加わって、盗まれた鞄探しが始まるのだが、シマ氏もトンビも、そもそも謎の人物だから、どこまでが味方で、どこからが敵なのかの判別が分かりにくい。

実は、こうした人間関係も、事件の発生と深い関わりがあるのだが、複線的な謎を解き明かしていく楽しみが、この物語にはある。

僕は雨のなかを歩きながら、シマ氏のことを考えてみた。が、考えてもさっぱり判らなかった。どこに住んでいるのか、何をしているのか、それすら判らない。しかもトンビなんて妙な美人と知り合いかと思うと、チッペとか云う女性の名前を聞いただけで戦戦兢兢としている。(小沼丹「不思議なシマ氏」)

いずれにしても、本作の評価が、この魅力的な謎の紳士・シマ氏に大きく委ねられていることは確かだろう。

そして、トンビという、これまた謎の美女の存在も。

ゆったりとした間合いの小沼ミステリー

物語の語り手である<僕(ナカ氏)>の父親は医者だった。

父は息子にも医者になってほしかったが、息子が画家志望と知って、かなり失望したらしい。

大きなアパートを残して父は亡くなり、ナカ氏は母親と二人暮らしである。

自称画家とは言いながら、とても芸術の道で成功しそうな雰囲気はない。

ブラブラしているナカ氏に、母は文句を言うこともないが、「お前は一人前にはなれないのかい?」と、心配そうに言うことがある。

「──いいえ、何でもないけど、一人前になるのにずいぶん暇がかかるんだね」「──そりゃ、そうさ」と僕は云う。そう簡単に偉くなれませんよ。「──偉くなれなんて云ってませんよ。せめて一人前になればね」(小沼丹「不思議なシマ氏」)

お母さんの「偉くなれなんて云ってませんよ。せめて一人前になればね」という言葉がいい。

ミステリーとは全然関係のないところで、この物語には良い文章がある。

友人のケン君が、恋人のアカギ・トモコさんを連れてきたときの文章もいい。

確かプロスペル・メリメと云う小説家だったと思うが──幸福な恋人は不幸な恋人と同じように退屈なものだ、と云っていたのを覚えている。この幸福な二人の恋人同士の会話を聞いていた僕はすっかりうんざりした。(小沼丹「不思議なシマ氏」)

殺人事件や自殺も絡むような深刻な事件なのに、どこか、のんびりとした空気が漂っているのは、ナカ氏の語り口調の影響によるところが大きいだろう。

そして、こうしたゆったりとした間合いこそが、小沼ミステリーの持つ大きな特徴なのかもしれない。

作品名:不思議なシマ氏
著者:小沼丹
書名:不思議なシマ氏
発行:2018/08/15
出版社:幻戯書房

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。