庄野潤三の世界

庄野潤三「野鴨(一)」井村一族が登場するスケールの大きな家族小説

庄野潤三の『野鴨』は、1972年(昭和47年)1月から10月まで、10回にわたって「群像」に発表された長編小説である。

この時期の庄野さんというと、1971年(昭和46年)に作品集『絵合せ』を、昭和47年には書下ろし長編小説『明夫と良二』を刊行するなど、長女が嫁いでゆく前後の家庭を素材とした家族小説を次々と発表していた頃である。

1972年(昭和47年)2月には51歳になっており、小説家としての充実期に入っていたということができるだろう。

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兄が亡くなって二十年以上にもなるのに、いまごろ、そういう我儘をいい出してはいけない。

庄野さんの家族小説という視点から考えてみる。

『絵合せ』では、長女<和子>が結婚して家を出てゆく直前の家族の物語を描き、『明夫と良二』では、和子の結婚前後の一家の様子を、<明夫>と<良二>という兄弟にポイントを置いて綴られている。

本作『野鴨』は、『明夫と良二』の続編として位置付けることが長編小説である。

物語は、1971年(昭和46年)11月から始まっている。

長女・和子の結婚が、1970年(昭和45年)5月であり、翌71年(昭和46年)7月に、和子の長男(庄野さんにとっての初孫)が生まれた。

このとき、長男の明夫は大学一年生、次男の良二は高校一年生であった。

『野鴨』は、こうした家族構成を基盤として、庄野潤三自身がモデルになっていると考えられる<井村>の視点から綴られていく。

連載第一回の<一>では、姪の結婚式に出席するため、大阪へ行ったことが紹介されている。

この姪は、井村にとって上の兄の長女であり、井村は、早くに亡くなった兄への思いを、兄弟のエピソードを交えながら紹介している。

井村より三つ年上の姉なんかも、いつだったか、葉書の中に、「兄ちゃんが生きていてくれたら、とよく思います」というようなことを書いて、彼を面喰わせた。「いきなりそんなこと、いったって」兄が亡くなって二十年以上にもなるのに、いまごろ、そういう我儘をいい出してはいけない。(庄野潤三「野鴨(一)」)

次の<二>では、井村夫妻が大阪へ行っている間、近所で暮らす和子に、明夫と良二の食事を世話を頼む話が出てくる。

結婚して家を出た和子だが、実家の近くで暮らしているので、相変わらず、庄野さんの作品には、こうして登場することができる。

その後で、姪っ子<民子>の結婚相手について、下の兄<悠二>の手紙を引用する形で紹介している。

この下の兄<悠二>のモデルが、児童文学者・庄野英二である。

相手の青年—矢部君というのだが、彼はもう一年以上、姪と交際している。そこで、結納の日も、こちらへ来て、用事をこまごまと手伝ったり、義姉や姪に優しくして、家の中が急に明るくなった感じであった。「…僕も兄ちゃんのことを思い、その日はうれし涙が出た」(庄野潤三「野鴨(二)」)

ここでも死んだ兄(井村家の長男だった)が登場している。

何事も辛抱が肝腎だ。どんな職業でも、いい時ばかりということはないのだから。

さらに、<三>では、結婚式を目前に控えた和子が、大阪へお墓参りに行ったときのエピソードが綴られている。

この話は、前作『明夫と良二』の中でも、少しだけ触れられているが、明夫と良二が主人公の小説の中で、詳しく触れられることはなかった。

大阪で和子は悠二の家に泊まるが、悠二の家族のほかに、亡くなった長兄の家族や井村の弟の<収>(エッセイストの庄野至)など、大阪の庄野一族がみんな登場している。

ひと通り話し終ってから、落穂ひろいのように和子は、こんな話をした。「照子伯母ちゃんはが、イギリス製のバター入れを下さった。井村一族の女の子に、みんな、一つずつ上げるように買ってある、結婚した時のお祝いに、といっていた。そうしたら、悠二伯父ちゃんが、照子は何か気に入ったものを見つけると、ひとつ買えばいいのに、いっぱい買って来る。お金がないのに、そういうことをするといった」(庄野潤三「野鴨(三)」)

『明夫と良二』までは井村一家五人家族の物語だったが、『野鴨』では、井村の兄弟にまで話が大きく膨らんでいる。

もちろん、和子や明夫や良二のエピソードを忘れることもない。

『絵合せ』や『明夫と良二』と比べて、スケールの大きくなった家族小説が『野鴨』である。

連載第一回に当たる<一>から<三>まで読んで、そんなことを感じた。

印象的だったのは、井村の兄・悠二に対する言葉である。

井村家の跡取りだった長男が早世したため、次男の悠二が、父親の設立した学校法人の経営にあたっているが、それは何と言っても気を使う立場でもあり、心配苦労が絶えない。

自由に仕事をしている井村が羨ましくなって、入れ替われるものなら替わってほしいと、たまには愚痴めいたことを言うことがある。

「本当にそれは大変だろう。同情する。しかし、そんなことをいわずに我慢してほしい。何事も辛抱が肝腎だ。どんな職業でも、いい時ばかりということはないのだから」(庄野潤三「野鴨(三)」)

「どんな職業でも、いい時ばかりということはないのだから」というあたりに、庄野さんの人生哲学が感じられる。

それは、小説家としての苦労を経験している作家の言葉でもあっただろう。

書名:野鴨
著者:庄野潤三
発行:1973/1/16
出版社:講談社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。