村上春樹の世界

「村上春樹を音楽で読み解く」音楽作品に託されたメッセージの謎

『村上春樹を音楽で読み解く―「小説」と「音楽」をめぐる冒険。』読了。

本書のコンセプトは「中心を文学から音楽に移して村上春樹の小説を読む/読み直すこと」である。

村上春樹の作品に登場する音楽をテーマとする書籍は数あるが、ほとんどの場合、音楽自体の解説であって、文学と音楽との関わりについて考察したものはあまりない。

そうした中にあって、本書は、音楽に主軸を置きながら文学作品としての村上春樹を考察する内容になっていて、非常に楽しむことができた。

最近、集中的に読んでいる村上春樹の解説本の中では、いちばんのお気に入りである。

殊に感心したのは、クラシック音楽の分野で村上文学を読み解いた「村上春樹と『クラシック』」(鈴木淳史)だ。

本書は、ジャズ、クラシック、ポップス、ロック80年代以後の音楽といったように、音楽の側にカテゴリを設けて、それぞれの分野に詳しい専門家が、それぞれの立場から村上文学と音楽との関りを考察する内容となっている。

著者が異なるので、それぞれのジャンルごとに違った味わいがあるが、クラシック分野の章では、村上文学に登場するクラシック音楽が、作品の中でどのような意味を有するのか、極めてロジカルに分かりやすく解説されている。

村上春樹の中に出てくる音楽は、決してオシャレで知的ぶった装飾や記号ではない。それは、作品世界の中で重要な展開を促し、心理を暗示し、全体を入れる器にもなる。もしかしたら、音楽が先にあって、そのインスピレーションから小説が作られているんじゃないだろうかなんて邪推したくなってしまうほどに。(鈴木淳史「村上春樹と『クラシック』」)

例えば、著者は『海辺のカフカ』に登場するシューベルトのソナタが作品中で果たしている役割について触れた後で、「一つ確実にいえるのは、シューベルトのソナタを聴き慣れると、村上作品の世界観がよりスンナリと受け入れることができるということだ」と指摘してみせる。

興味深いのは、クラシック音楽の持つ役割について、ジャズやロックと比較しながら推論している、次の一節だ。

村上作品の中で、ジャズが「失われた時の感覚」を象徴するもの、ロックが「具体的な時代を表現するもの」、というおおまかな役割が成立しているならば(中条省平「魂の森から聞こえるイノセントな調べ」)、クラシックは異界への前触れを示すもの、として機能していることが少なくない、というふうに。(鈴木淳史「村上春樹と『クラシック』」)

音楽作品と小説との関りを深掘りしたくなるような、誘惑的な提案だと感じた。

音楽作品に託されたメッセージを読み解く

本書を読んで感じたことは、それぞれの音楽作品について詳しい知識を有する人は、村上春樹の小説を、ひとつ深いところまで読み解くことができるということだ。

もちろん、世の中の多くの読者が、個々の音楽作品に関して、深い知識を有しているわけではないだろう。

音楽作品に対する知識がなくても、村上春樹の小説を楽しむことはできる。

しかし、大切なことは、著者である村上春樹には、作品中に登場する個々の音楽作品について、深い造詣があるということだ。

著者自身がよく分からない音楽作品を適当に引用しているのでない限り、作品中に登場する音楽作品が何らかの意味を持っていることは、ある意味で必然である。

読者がその意味を読み解くことができるかどうかということは、別の問題だろう。

装飾的な記号のようにも思える音楽作品の一つ一つに、必ず何らかのメッセージが含まれている。

そして、それを読み解くこともまた、村上春樹作品に触れる楽しみのひとつなのである。

書名:村上春樹を音楽で読み解く
監修:栗原裕一郎
発行:2010/10/15
出版社:日本文芸社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。