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源氏鶏太「わたしの人生案内」サラリーマン小説家が綴る男の生き方

源氏鶏太「わたしの人生案内」サラリーマン小説家が綴る男の生き方

昭和時代に直木賞の選考委員を長く務めたユウモア小説家・源氏鶏太が綴る人生のあれこれ。

人生で3度のノイローゼ(うつ)を乗り越え、人間の弱さと正面から向き合い続けた男の言葉はどれも重いけれど、軽妙な文章はエッセイでも失われていない。

人生を豊かをするために。

書名:わたしの人生案内
著者:源氏鶏太
発行:2004/11/25
出版社:中公文庫

作品紹介

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「わたしの人生案内」は、ユーモア作家として知られる源氏鶏太のエッセイ集です。

中公文庫の「人生の一冊」シリーズとして新たに編集されたアンソロジーですが、底本として『わたしの人生案内』(集英社/1982年)と『わが文壇的自叙伝』(集英社/1975年)が用いられています。

人生観を分かりやすい文章で綴っているものですが、押しつけがましいところがなく、常に控えめに自分語りをしている姿勢は、いかにも源氏鶏太らしい感じがします。

(目次)Ⅰ/古希になった/見せてならぬ四つの顔/文学賞あれこれ/老夫婦間の対話/観音様の御利益/仕事が仕事をしてゐます/声を失った人/新入社員/夫婦喧嘩/退屈地獄/ノイローゼ/こころの地獄/病気が治った/築地本願寺/七十歳にして、青春///Ⅱ/子供のエゴ/色紙嫌い/「荷物片手に」/健康のために/自殺した兄/ペーパー・ドッグ/可愛がられる老人/昔の家/ユーモアのない一日/銀座今昔/子らがため/定年退職者/人生のムダ/社長の人徳/自信と貫録///Ⅲ/井上さんの酒とゴルフ/司馬さんとの昔のこと/石川達三氏のこと/新入社員への助言/女が仕合せになるために/よく働きよく遊ぶ夫こそ成功する/惰性への反省/むすめの就職///Ⅳ/歩くこと/我慢しなさい/一人旅/結婚について/旅と人生経験/学歴による劣等感/はなやかであること/心身不意/幸福の秘密/「老人六歌仙」/駅前の食堂/裸になっても/神様のご援助/処女作まで/サラリーマン小説/摩訶不思議小説/軽井沢/ご機嫌よう/夏から秋へ

なれそめ

自分磨きをはじめたばかりの頃、人生哲学に関する書籍をたくさん読みました。

本を選ぶときの基準は、できるだけ昔の人の書いたものであること(ただし、明治以降の近代で)くらいで、とにかくいろいろな人のエッセイ集を読みまくっていたような気がします。

タイトルに「人生」と入っているものは、とりわけ見つけやすいのでずいぶん読みました。

源氏鶏太の『わたしの人生案内』もその一冊ですが、そもそも僕は源氏鶏太なる作家のことを良く知りません。

知っているのは、戦後のベストセラー作家だとか、サラリーマン小説を書いていたとか、直木賞の選考委員を務めていたとか、極めて限定的で断片的な情報ばかり。

昭和20年代から30年代にかけて流行した小説って、実はほとんど手に入らなくて読めないんですよね。

だから、僕の源氏鶏太入門が、まさしくこの『わたしの人生案内』でした。

こういうエッセイ集を読むと、なんとなく源氏鶏太のことを知っているような気になるから不思議です(笑)

あらすじ

高度経済成長のさなか、日本と日本人はかつてない速度で変貌し続けていった。仕事、友情、結婚生活、病気、そして老境―ユウモア文学の第一人者として昭和の文壇で健筆をふるった著者がしみじみと綴る人生のあれこれ。(背表紙の紹介文より)

本の壺

心に残ったせりふ、気になったシーン、好きな登場人物など、本の「壺」だと感じた部分を、3つだけご紹介します。

あなたって、住友の社員にあるまじきマナーに欠けた人ですよ

数日後、私は、白洲次郎さんたちといっしょにコースを回った。白洲さんは、私の投げた空箱がそのままになっているのを見つけて、さもにがにがしげに、「今頃、まだあんなバカな真似をするマナーの悪い奴がいる」私は、穴があったら入りたいくらいであった。(「夫婦喧嘩」)

これは、軽井沢のゴルフ場でのことで、煙草の空き箱を何気なくコースの池に放り捨ててしまったことを反省しているものですが、話の発端は、源氏鶏太の嫁さんがマナーに厳しいという話。

ベッドで寝酒をしたといっては叱られ、食べ物を頬張りすぎるといっては怒られ、そのたびに、軽井沢のゴルフ場での失態を指摘されて、源氏鶏太も嫁さんの躾には手を焼いていたようです。

だけど、「この齢になって、今頃、亭主を教育しようと思うな。放っておいてくれ」「いいえ、そうは参りません。私は、これからも一生いい続けるつもりです。でなかったら外に出てあなたの恥になります」という夫婦喧嘩の会話には、夫婦の愛情が感じられますよね。

井上靖は「君を投げ飛ばすがいいね?」と言った

流石の井上さんも我慢ができなくなった。あるいはここで我慢してはならぬというような事情があったのかもわからない。井上さんは、やおら起ち上がると、「君を投げ飛ばすがいいね」と、念を押しておいて、次の瞬間、相手の軀が宙に浮いていたのである。(「井上さんの酒とゴルフ」)

井上靖は酒豪として有名で、雑誌『酒』の文壇酒徒番付では、横綱の定位置を占めていましたが、あまりに横綱ばかりが続くので、ある年からとうとう自ら辞退してしまったというエピソードが残っているほど。

しかも、井上靖の酒は「紳士の酒」で、源氏鶏太も「私は、長年つき合っていて、井上さんの乱れたのを見たことがない」と綴っています。

そんな井上靖が、とあるバーで酔客に絡まれたとき、それがあまりにひどいので、とうとう相手を投げ飛ばしてしまったという武勇伝が残っているそうです。

高校時代は柔道部の主将として活躍していたという井上靖らしい、爽快なエピソードですね。

鳥は一生懸命に飛んでいる

サラリーマンの場合、いくら本人が早く出世しようと思っても、思うにまかせぬことが多い。昔から出世のために必要なのは、和気と勇気と根気であるといわれている。更にその上に、運ということが必要である。運がなくて出世することはおぼつかないといっていいだろう。(「出世と成功」)

長くサラリーマンを務め、サラリーマン小説の第一人者と言われる源氏鶏太は、「サラリーマン哲学」とも言うべき持論を持っていたようです。

しかし、その哲学は、基本的に当たり前のことばかりで、源氏鶏太という人間が、いかに真摯に仕事と向き合ってきたかということが伝わってきます。

そんな源氏鶏太の座右の銘は「鳥は一生懸命に飛んでいる」

当たり前のことを一生懸命にやるということが、ビジネス社会でもやっぱり一番大切なことなんだと、源氏鶏太先生が教えてくれました。

読書感想こらむ

源氏鶏太の『わたしの人生案内』には、男の生き方に関する名言が随所に登場しますが、その人生哲学は基本的に平凡なものが多いと感じました。

平凡で当たり前でみんなが知っていること。

逆に言えば、人生というのは、平凡で当たり前でみんなが知っているようなことが大切なのであって、生きるということはそんなに複雑なことではないということです。

ただし、難しいのは、それを実践することで、平凡で当たり前でみんなが知っていることを、日々粛々と続けていくことができるかどうかは自分次第。

源氏鶏太自身が、いくつもの失敗を繰り返しながら、それを反省し、同じ失敗を繰り返さないように自分に言い聞かせながら生きてきた形跡が認められます。

人生なんて、そんなに複雑なものじゃない。

当たり前のことを一生懸命にやっていくことで、いつか道は開けるのかもしれませんね。

お兄さんの自殺とか、3度のノイローゼ(うつ病)とか、苦しいことを乗り越えてきた人生の先輩の言葉というのは、間違いなく重みがあります。

たまに立ち止まって、人生と向き合ってみてはいかがでしょうか。

まとめ

昭和の流行作家が綴る人生哲学エッセイ集。

ビジネスマンに勇気を与えてくれる言葉がいっぱい。

生きるということは、実はそんなに複雑なことじゃないんだ。

著者紹介

源氏鶏太(小説家)

1912年(明治45年)、富山県生まれ。

住友不動産で長くサラリーマン生活を送った後、作家に転身。

『わたしの人生案内』刊行時は70歳だった。

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じゅん
じゅん
札幌在住の文化系社会人。文学散歩とカフェ読書を楽しんでいます。札幌中央図書館の2階辺りに棲息中。