児童文学の世界

ケストナー「飛ぶ教室」クリスマスの少年友情物語が大人におすすめの理由

ケストナー「飛ぶ教室」クリスマスの少年友情物語が大人におすすめの理由

エーリヒ・ケストナー「飛ぶ教室」読了。

本作「飛ぶ教室」は、1933年(昭和8年)、ドイツの作家エーリヒ・ケストナーによって発表された児童文学小説である。

テーマは「子どものころのことを忘れないでほしい」

物語の後半、<禁煙さん(ウートホフト博士)>が、子どもたちにこんなことを言っている。

「いちばんたいせつなことを忘れないでほしい。過ぎ去ってほしくない、いまこのとき、きみたちにお願いする。子どものころのことを忘れないでほしい。きみたちはまだ子どもだから、いまそんなことを言われても、よけいなことのように聞こえるかもしれない。でも、これはけっしてよけいなことではないのだ。わたしたちの言うことを信じてほしい。わたしたちは年をとった。でも、若さは失っていない。わたしたちにはよくわかっている。わたしたちふたりには」(エーリヒ・ケストナー「飛ぶ教室」池田香代子・訳)

「子どものころのことを忘れないでほしい」は、この長篇小説の全体に通奏低音のように流れている、大きな作品テーマだろう。

それは「多くの人は、大人になったら子どもの頃のことを忘れてしまう」という歴史的事実に裏打ちされた、作者からのメッセージだ(大人にとっては切ないメッセージだが)。

ごく簡単に言えば、この小説は、五人の少年たちを中心とした友情と成長の物語である。

少年たちは、それぞれに困難を抱えているが、互いに支え合いながら、知恵と勇気と連帯を味方にして、自分たちなりに前へ進もうとしている。

そんな少年たちを陰ながらサポートしているのが、<正義さん(バク先生)>と<禁煙さん>という、二人の大人たちだ。

作品を読みながら、グッとくる場面が何度かあった(割と泣かせる物語なので)。

そのひとつが、実業学校生のグループに人質としてとらえられた仲間を救出するため、寮の規則を破って外出した夜に<正義さん(バク先生)>から諭される場面だ。

あらかじめ、子どもたちから相談を受けなかった<バク先生>は、「だとしたら、わたしも有罪だ。だって、わたしもきみたちのあやまちに一枚かんでいるんだからね」と、子どもたちの相談相手となることができなかった自分を責める。

実は、バク先生も、この寄宿学校の卒業生で、当時、信頼できる先生がいなかったために、辛い思いをしたことがあった。

今、バク先生が、この学校で舎監をしているのは、子どもの頃の辛い体験がバックボーンとしてあったからなのだ。

戦前ドイツでナチス政権が誕生したのは、この児童文学が発表されたのと同じ、1933年(昭和8年)のことである。

作者ケストナーもまた、自由主義の作家として表現の自由を奪われていたが、本作『飛ぶ教室』には、ナチス政権に対する無言の抗議とも読み取れる場面が少なくない。

「平和を乱すことがなされたら、それをした者だけでなく、止めなかった者にも責任はある」などの言葉は、全体主義国家へと突き進む祖国への警鐘だったのかもしれない。

少年たちの友情、大人同士の友情、少年と大人との交友、家族の愛情、人生の希望と困難、そして、自由で平和な社会への憧憬、、、

様々な読み方をすることができるというところに、この物語の深みがあるような気がする。

だからこそ『飛ぶ教室』は、大人にも読んでほしい児童文学の名作と言えるのだ。

ワクワクとするクリスマス物語

本作『飛ぶ教室』を、いっそう楽しいものにしているのは、この物語は、クリスマス休暇を目前にした寄宿学校が舞台になっている、ということである。

明るく照らされた店先は、モミの小枝とガラス細工でかざられていた。おとなたちは、いわくありげな顔で買い物の包みをかかえ、店から店へと走りまわっていた。あたりにはクリスマスのクッキー、レープクーヘンの香りがただよい、まるで道の敷石がレープクーヘンでできているみたいだった。(エーリヒ・ケストナー「飛ぶ教室」池田香代子・訳)

もうすぐ二週間の休暇が始まり、子どもたちは、家族の待つ家庭へと帰ることができる。

そのようなワクワク感が、物語に高揚感を与え、子どもたちのときめきを共有できる仕掛けとなっている。

ドイツのクリスマス菓子、レープクーヘンが食べたくなった。

 

書名:飛ぶ教室
著者:エーリヒ・ケストナー
訳者:池田香代子
発行:2006/10/17
出版社:岩波少年文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。