外国文学の世界

レイモンド・チャンドラー「かわいい女」ハリウッド・スキャンダルを描いたハードボイルド・ミステリー

レイモンド・チャンドラー「かわいい女」読了。

本作「かわいい女」は、1949年(昭和24年)に発表された長編ミステリー小説である(原題「The Little Sister」)。

ハリウッド・スキャンダルを描いたミステリー小説

「かわいい女」は、私立探偵フィリップ・マーロウの長編シリーズとして、第5作目の作品である。

前作「湖中の女」の発表が1943年(昭和18年)だから、実に6年間のブランクがあるが、この間、チャンドラーは、ハリウッドで映画製作の仕事に携わっていた。

6年ぶりの新作「かわいい女」では、ハリウッドにおける映画業界での仕事によって得られた経験が、強く反映されていることが、ひとつの大きな特徴である。

まず、事件の舞台がハリウッドであること。

登場人物が、ハリウッドで活躍する映画スターたちであること。

事件の背景に、ハリウッドの映画業界が深く関わっていること。

小説としてのプロットにハリウッドが大きく影響しているほか、ストーリーにもハリウッド映画の影響が大きい。

前作「湖中の女」では見られなかった、主人公マーロウの、女性とのロマンスが、本作では顕著である。

依頼人の「かわいい女」(オファメイ・クェスト)、ハリウッドで売り出し中の映画女優(メイヴィス・ウェルド)、その友人である映画女優(ドロレス・ゴンザレス)と、本作でマーロウは3人の女性と甘いロマンスを匂わせている。

ギャングと映画女優の恋愛関係が、事件に大きく関わっているところも、いかにもハリウッド映画の影響を感じさせる。

つまり、本作「かわいい女」は、実にハリウッド映画的なミステリー小説である。

名作「長いお別れ」や「さらば愛しい女よ」の持つ高い文学性には及ばないとしても、ハリウッド映画を観ているような臨場感や高揚感は素晴らしい。

マーロウはじめ、登場人物一人一人の言動は、どこまでも映画的だ。

「酒を飲んでいなさるな」と、彼はゆっくりいった。「シャネルの五番、接吻、美しい脚、誘うような碧い目。それだけのことさ」(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

清水俊二の翻訳が、この外国小説を、ますます楽しいものにしている。

もともと、映画の字幕で活躍してきた清水俊二だから、この映画的小説を翻訳することは、きっと楽しい作業だったのではないだろうか。

原題「The Little Sister」を「かわいい女」と意訳しているあたりも、いかにも映画業界的なセンスだ。

「三十分だけ、セックスはお預けにしよう。素敵なもんだよ。チョコレート・サンデーみたいなもんだ。だが、ときにはセックスをお預けにして仕事をした方がいいこともある。今夜は仕事をするよ」(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

芝居がかったマーロウの台詞には、名言となり得るものが多い。

シニカルなハリウッド批判

本作で際立つのは、マーロウが語るハリウッド(ロサンゼルス)批判と、いつになく自己内省的な姿勢である。

「ほんとうの都会なら、もっと違うものがあるさ。浮薄な表面の下に骨っぽい個性がある。ロサンゼルスはハリウッドを持っていて—それをいやがっている。幸運を喜ばなければいけないんだ。ハリウッドがなかったら、通信販売の都会じゃないか。カタログにのっているものはなんでも、ほかのところへ行けばもっと質のいいものが手に入るんだ」(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

もちろん、これは、ハリウッド生活で溜まったチャンドラー自身のストレスを、マーロウの言葉を借りて吐き出したものだろう。

シニカルな視点は、マーロウ自身にも向いている。

私は空虚な人間だった。顔もなく、意味もなく、人間としての存在もなく、名前さえなかった。食欲もなかった。酒も飲みたくなかった。私は屑籠の中にまるめて捨てられた昨日のカレンダーの一ページだった。(レイモンド・チャンドラー「かわいい女」)

おそらく映画の脚本を意識しているからだろうが、本作「かわいい女」には印象的なフレーズが随所に登場する。

この作品を読み終った後は、誰しもフィリップ・マーロウになりきっていることだろう。

書名:かわいい女
著者:レイモンド・チャンドラー
訳者:清水俊二
発行:1959/6/20
出版社:創元推理文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。