日本文学の世界

上林暁「故郷の本箱」まるで私小説みたいな随筆アンソロジー

上林暁傑作随筆集「故郷の本箱」あらすじと感想と考察

上林暁傑作随筆集「故郷の本箱」読了。

本作「故郷の本箱」は、2012年(平成24年)7月30日に刊行されたアンソロジーである。

なお、上林暁は、1980年(昭和55年)8月28日に没している(享年77歳)。

上林暁の随筆は、随筆まで私小説みたい

私小説作家・上林暁の随筆は、随筆まで私小説みたいだと思った。

例えば、二人の美しい女性に出会った大学生たちの青春を回想した「高根の花」は、一つの掌編小説だといっても、おかしくない作品である。

作家の思い出を綴った回顧録的な作品にも、小説らしさがある。

編集者時代以来、八年ぶりに正宗白鳥を訪れた「正宗白鳥会見記」も、その一つ。

尤も八年ぶりと言っても、僕の服装は、洋服もワイシャツもネクタイもオーヴァも靴も、みんな八年前に雑誌記者をしていた時分とそっくり同じなのであった。若しかしたら、正宗氏に最後にお会いした時も、これと同じ服装であったかも知れない。(上林暁「正宗白鳥会見記」)

上林暁の雑誌記者時代(改造社)の回想には、興味深いものが多い。

半日強羅で遊んで、夕方塔ノ沢へ降って、旅館の玄関に入ると、宇野氏が鉢巻をして出て来た。ものを言わないで顔は青ざめ、額からは油汗が出ている。原稿が書けなくて、惑乱している様子、鬼気の迫るような感じだった。(上林暁「『枯木のある風景』で出来るまで」)

宇野浩二の担当だった上林暁は、原稿を書けなくて喘ぐ宇野浩二の記憶を鮮明に残している。

そこへいくと、井伏鱒二との思い出は微笑ましい。

酒を飲みながら「君のライバルは誰だ」と訊かれたことがあった。私は即座に「井伏鱒二だ」と笑った。井伏氏をライバルだと思ったことはないが、自分の前を進んでゆく一つの目標だとは思っている。(上林暁「律儀な井伏鱒二」)

旅行から戻って、飲み屋へ顔を出したとき、井伏さんが「おい、みんな黙って、上林の話を聞いてやろうじゃないか。誰でも旅から帰って来た時は、話を聞いてもらいたいものなんだ」と、一座を制した話も、井伏さんの人柄を伝えるいいエピソードだと思う。

一方で、自身の文学に対する思いを綴ったものも少なくない。

作家が、コツや修練だけで書いて満足するようになったら、その作家はそれでおしまいである。常に自分の作品の至らざることを反省し、一作毎に出直す覚悟をもった時、その作家は進歩する。(上林暁「小説を書きながらの感想」)

次々と後輩作家に追い越されていく中で「焦ったり羨しがったりしても仕方がないので、僕は相変らず小舟を漕ぎながら今日までやって来た。小舟を漕いでゆくのが、一番自分の身の上に合っているのだ」と心境を吐露しているのも、やはり上林暁らしい文章である。

古本に対する情熱と愛情

本作「故郷の本箱」の帯には「作家と古本」とある。

作品集のタイトルも「故郷の本箱」となっているように、古本に関する随筆が、意図的に多数収録されている。

私も愛書家のはしくれであるから、もっぱら狙うのは、初版本である。初版かどうかにこだわるのは嫌や味だと思うけれど、再版や三版ではほとんど買う気がしないから不思議である。(上林暁「古本漁りの話」)

古本コレクターとして、強く共感できる話が多い。

どの随筆にも、古本に対する情熱と愛情が溢れている。

若し仮に僕が老後の楽しみを予想するとすれば、少年の日に愛読した本をもう一度読み返してみたり、愛読したいと思いながら果さなかった本を読んでみたりすることであるかも知れない。そしてそのために、これから集めようと思う本が役立つにちがいない。(上林暁「大正の本」)

「蔵書は老後の楽しみ」というのは、中高年コレクターの誰しも考えることなのかもしれない。

そんな未来が待っていると、老後もまた楽しみということになっていい。

「大正の本」の中で上林暁が集めているのは、大正時代に出版された文芸書の初版本である。

有島生馬「南欧の日」(大正五年、新潮社)、谷崎精二「蒼き夜と空」(大正六年、春陽堂)、葛西善蔵「子をつれて」(大正八年、新潮社)、佐藤春夫「田園の憂鬱」(新潮社、大正八年九月二十五日三版)などが出てきて、どれも、自分で欲しいなと思わせられる。

普段、自分は、戦後の文芸書を中心に集めているので、戦前のもの、特に大正期の本は、ほとんど未知の世界である。

こういう随筆を読んでいると、新しい領域に踏み込んでしまいそうで怖い(笑)

最後に、本作『故郷の本箱』で最も心打たれた作品は、作家の不遇な晩年を綴った「作家の晩年」である。

先だって、文芸家協会の総会が催されたとき、寺崎浩君が、「文化人の養老院施設について」という提案を行った。水守亀之助氏が長く病んでいて、今までの病院にもいられなくなって、行き場に困っているというような事情から思いついたのだと寺崎君は説明した。(上林暁「作家の晩年」)

ここでは、水守亀之助のほか、宮地嘉六や近松秋江など、不遇な晩年を迎えている作家たちが登場している。

作家の生涯というのは、はかないものだと感じた。

何より、現代に読み継がれていないということが、作家として何より切ないことではないかと思う。

古い文学作品を読むことの意味というのは、きっと、あるのだ。

書名:上林暁傑作随筆集 故郷の本箱
著者:上林暁
編者:山本善行
発行:2012/07/30
出版社:夏葉社

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やまはな文庫
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