日本文学の世界

小沼丹「タロオ」飼い犬が導き出す生前の妻の思い出

小沼丹「タロオ」読了。

本作「タロオ」は、「風景」昭和41年(1966年)5月号に掲載された短篇小説である。

作品集では『懐中時計』(1969)に収録されている。

飼い犬が導き出す生前の妻の思い出

この小説の最大のポイントは、やはり最後の段落に尽きるだろう。

大寺さんの細君はその二ヵ月ばかり前に突然死んだのである。大寺さんは、近所に大きな団地が出来るので幼稚園を始めようと思っている、というAの話を聞きながら、タロオをルック・サックに入れて持って来て呉れたTも五、六年前に死んだっけ、と思った。そして、みんなみんないなくなった、と云う昔読んだ詩の一行を想い出したりした。(小沼丹「タロオ」)

<タロオ>は、物語の主人公である<大寺さん>の家で飼っていた犬の名前である。

病気で臥せっていたとき、大寺さんは友人の<T>から、当時はまだ仔犬だったこの犬をもらい受けた。

この物語は、飼い犬タロオと一緒に過ごした日々を回想したものである。

最初は怠け者だと思っていたタロオも、成長とともに犬らしくなっていき、とうとうよそへ貰われていくことになった。

それまで、タロオは夜遅くに道へ放して散歩させていたのだが、犬の放し飼いを禁止する通達があった。

大きな犬になったタロオを引っ張って歩く体力は、大寺さんにはない。

タロオは、郊外で大きな農家をしている<A>の家に貰われていった。

Aの家では、西瓜泥棒が出るので、タロオは番犬としての役割を期待されたのである。

引越しをした直後、タロオは一週間ばかり何も食べなかったらしい。

「ほんとに、まあ……」Aの母親は何か低い声で呟いていた。「今だから云いますけど」、とAが大寺さんに云った。「連れて来たばかりのときは一週間ばかり、何も食わないんです。死ぬんじゃないかと心配で、お返ししようかなんて相談したりしました」それを聞いて、大寺さんは弱った。タロオにたいへん気の毒なことをしたと思ったのである。(小沼丹「タロオ」)

タロオは、その後十年以上生きていて死んだ。

—タロオが死んだとき、とAは云った。お知らせしようかなんて、うちで話していたんです。そしたら、奥さんがお亡くなりになったと云うんで、吃驚しちゃいまして……。(小沼丹「タロオ」)

犬の思い話が、最後の最後に、大寺さんの細君の死を引き出している。

タロオも、タロオをくれたTも、そして、大寺さんの細君も、みんなみんないなくなってしまった—。

この「みんなみんないなくなった」という短い一行が、この小説のすべてである。

作品が発表された昭和41年5月は、小沼丹の妻が亡くなって、ちょうど3年後のことだった。

チャールズ・ラム「古なじみの顔(Old Familiar Faces)」

「みんなみんないなくなった」は、イギリスのエッセイスト、チャールズ・ラムの詩「古なじみの顔(Old Familiar Faces)」からの引用である。

どこへ行ってしまったのだ。あの古なじみの顔は。

母がいた。だが、死んで、私を残した。
ある恐ろしい日に、時を待たずに死んだ。
みんな、みんないなくなった。古なじみの顔が。

(略)

あるものは死んでしまい、あるものは私を棄て、
あるものは私から奪いとられて、みんな行ってしまった。
みんな、みんないなくなった。古なじみの顔が。

(チャールズ・ラム「古なじみの顔」福原麟太郎・訳)

この詩でチャールズ・ラムは、家族や昔の仲間たちを寂しく偲んでいるのだが、小沼さんの「タロオ」には、このラムの詩と同じ寂しさがある。

そもそも、小沼さんは英文学者だった。

200年前の時代を生きたイギリスの詩人に、大きな影響を受けていたのだろう。

ミステリー作家として著名な小沼丹だが、こういうしみじみとした作品もいい。

作品名:タロオ
書名:懐中時計
著者:小沼丹
発行:1991/9/10
出版社:講談社文芸文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。