日本文学の世界

小沼丹「春風コンビお手柄帳」女子中学生が名探偵の爽やか青春ミステリー

小沼丹「春風コンビお手柄帳」あらすじと感想と考察

小沼丹「春風コンビお手柄帳」読了。

本作「春風コンビお手柄帳」は、1961年(昭和36年)4月~8月『中学時代』に連載された連作短編小説である。

この年、著者は43歳だった。

作品集としては、2018年(平成30年)7月に幻戯書房から刊行された『春風コンビお手柄帳 未刊行少年少女小説集 推理篇』に収録されている。

名探偵は女子中学生のユキコさん

本作「春風コンビお手柄帳」は、ジュブナイル・ミステリーである。

1980年代で言えば、赤川次郎みたいなものかもしれない。

もっとも、本作で発生する事件は、いずれも中学生の日常生活の中で起きた、ささやかな事件ばかりだが。

例えば、「第五話 表札」は、表札を盗んだ犯人を捜す物語である。

話に聞くと、入学試験が始まるころになると、表札ドロボウがふえるらしい。つまり、受験生の間に奇妙なジンクスがあって、こっそり表札を失敬すると、合格疑いなし、ということになるらしい。(小沼丹「春風コンビお手柄帳」)

受験生の表札ドロボウというのは、受験戦争が激化した時代に、全国的に流行したものらしい。

いかにも、読者層である中学生を意識したテーマ設定となっている。

事件を解決するのは、物語の語り手である<僕>の幼馴染の<ユキコさん>である。

ユキコさんは僕らとちがう学校に行っている中学生である。なんでも、たいへん秀才なんだそうだが、少しばかり茶目でかわいらしい女学生である。(小沼丹「春風コンビお手柄帳」)

物語は、<僕>とユキコさんとの「春風コンビ」によって進められていく。

全五話、毎回読切の連作短編で、春風みたいに爽やかな学園ミステリー小説である。

誰も不幸になったりしない爽やか青春ミステリー

本作「春風コンビお手柄帳」は、いかにも、のんびりとしたミステリー小説である。

事件のテーマ設定がどぎつくないところものんびりしているし、大体、<僕>の語り口ものんびりとしている。

ユキコさんはお下げ髪をつまみながら、目玉をくるくるさせた。たぶん、得意なんだろうと思うが、からかうと話が聞けなくなる危険があるから、大いに感心したらしい顔をして見せた。(小沼丹「春風コンビお手柄帳」)

「大いに感心した」というところが、いかにも小沼丹である。

他にも「僕には何とも合点がいかなかった」「僕は大いに面くらった」など、小沼丹らしいフレーズがあちこちに登場して楽しい。

中学生向けではあるが、これはやはり小沼丹のミステリー小説なのだ。

名作『黒いハンカチ』に共通するような、柔らかくてのんびりとした優しい雰囲気があるから、読んでいて心地良い気持ちになる。

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もっとも、事件は、しっかりとしたミステリー要素で構成されている。

「第一話 消えた時計」は、密室から消えた高級時計を捜索する話で、「第二話 消えた猫」も、密室から忽然と姿を消した猫を探す物語である。

「第三話 指輪」も、同窓会で無くなったダイヤの指輪を探す話。

「第四話 逃げたドロボウ」は、ちょっと趣向が変わっていて、何も盗んでいかなかったドロボウを見つける物語である。

最後の「第五話 表札」は、盗まれた表札の行方を追いかける話で、全五話中の四話が、消えた何かを捜索する話となっている。

学習誌の連載作品らしく、誰かが殺されたり傷つけられたりすることはないし、性的な話題が出てくることもない。

特徴的なのは、名探偵ユキコさんの目的は事件を解決することであって、犯人を突き出すことではない、ということ。

犯人を特定しても、ユキコさんは、関係者の前で自慢げに謎解きを披露したりしない。

消えた時計や指輪や表札が見つかれば、事件は、それで解決しているのだ。

(犯人を含めて)誰も不幸になったりしないあたり、この物語が爽やかミステリーであることに間違いはない。

作品名:春風コンビお手柄帳
著者:小沼丹
書名:春風コンビお手柄帳 未刊行少年少女小説集 推理篇
発行:2018/07/13
出版社:幻戯書房

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。