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小谷野敦「忘れられたベストセラー作家」昭和時代の隠れた名作を探す

小谷野敦「忘れられたベストセラー作家」昭和時代の隠れた名作を探す

小谷野敦「忘れられたベストセラー作家」読了。

本書は、2018年に刊行された文学ネタのエッセイ集である。

モテ男しか描かなかった石坂洋次郎と富島健夫

この手の文学関係ネタのエッセイ集というのは、たまに読むとおもしろい。

貴重な読書時間を費やすほどのものでもなく、疲れているときの暇潰しくらいがちょうどいいような気がする。

前半の明治・大正・昭和初期あたりまでの作家は飛ばし読みで、後半の漫画も飛ばし読み。

結局、読みたかったのは「第四章 終戦後のベストセラー史」の部分だけだった。

豆知識的な文学ネタの連発で、かなり斜めからベストセラーを切り捨てていく。

例えば、太宰治の戦後のベストセラー小説『斜陽』は「最初のところがいいだけで、あとはぐちゃぐちゃ」「どうして没落貴族に関心を持ったのかはよく分からない」などとあって、<それを言っちゃあ、おしまいよ>的な指摘が多い。

高度経済成長期に青春小説で人気のあったベストセラー作家と言えば、石坂洋次郎と富島健夫である。

石坂も富島も、「もてる男女」しか描かなかったという点では同根で、彼らの啓蒙は単なる恋愛へのあこがれとしてしか読者に届かなかった。石坂の小説には複数の男女が出てくるが、いずれもその気になれば恋人になる異性がいるというタイプの青年たちでしかなかったのである。(小谷野敦「忘れられたベストセラー作家」)

「性の解放」が叫ばれた時代だが、下層庶民のレベルでは、戦前も戦後もあまり変わらなかったらしい。

「『細雪』を美しいと思い、昔はよかったと思う人は、自分が庶民であれば女中の身分だということを忘れていたりする」という指摘があまりに真理なので、思わず笑ってしまった。

忘れられた戦後のベストセラー作家として、原田康子が登場していて、「『挽歌』が最初の単行本だが、不倫小説で、これといった特色があるわけではなく、なぜベストセラーになったかは謎である」と書かれている。

考えられるのは当時フランスでフワンソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』が売れ、日本でも売れていたから、北海道のアンニュイな雰囲気をたたえた二十代の女作家ということで、「和製サガン」のようにとられて売れたのではないかということくらいだ。(小谷野敦「忘れられたベストセラー作家」)

女性の作品では、六十年安保闘争で機動隊に殺された樺美智子の『人しれず微笑まん』と、学生運動の中で自殺した高野悦子の『二十歳の原点』が紹介されている。

高野のは三部作として文庫に入り、ロングセラーだったこともある。これは著者が美人だったのと、オナニーの記述などがあるあたりが受けたのかもしれない。(小谷野敦「忘れられたベストセラー作家」)

全般的に、身も蓋もない解説というか感想が多い。

死んで売れなくなった森瑤子

女性作家でもう一人、森瑤子についても触れておこう。

「死ぬと忘れられる」系では、森瑤子がいる。すばる文学賞の「情事」以来、多くの都会風恋愛小説を書いていたが、五十二歳で死んでしまうとピタリと売れなくなった。(小谷野敦「忘れられたベストセラー作家」)

角川文庫で赤い表紙といえば、片岡義男と森瑤子で、一時期はブックオフの100円コーナーにたくさん並んでいたものだが、最近は二人ともあまり見かけなくなってしまった。

1983年の文庫本でも、今や40年前のヴィンテージである。

まして、高度経済成長期の通俗小説になると、純文学と違って、古書店でもまともに取り扱われていないので、なかなか入手が難しい。

たまにネットで発見すると、思わぬ高値が付けられていたりする。

本書のようなネタ本は、まだ見ぬ名著との出会いの可能性が期待できるが、作品入手は意外と厳しいのかもしれない。

書名:忘れられたベストセラー作家
著者:小谷野敦
発行:2018/03/23
出版社:イースト・プレス

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。