日本文学の世界

本間洋平「家族ゲーム」ドラマや映画では描かれなかった家庭の教育力の低下問題

本間洋平「家族ゲーム」。

本作「家族ゲーム」は、1981年(昭和56年)12月『すばる』に発表された長篇小説である。

この年、著者は33歳だった。

第5回すばる文学賞受賞。

単行本は、1982年(昭和56年)に集英社から刊行されている。

1983年(昭和58年)、松田優作主演で映画化されるとともに、長渕剛主演でドラマ化もされた。

2013年(平成25年)にも、櫻井翔主演でドラマ化されている。

学歴偏重社会に翻弄される四人家族の姿

本作「家族ゲーム」は、学歴偏重社会に翻弄される四人家族の姿を描いた物語である。

小さな自動車整備工場を運営する酒好きな父と、子どもたちの進学のことしか頭にない母親。

母親の希望どおり「良い子」として進学校に入学した兄<慎一>と、勉強が苦手でいじめられっ子の弟<茂之>。

苛めていたのは、この団地に住む弟のクラスメートである。ここからでは彼らの罵倒や嘲笑は、聞えるはずもないが、彼らの年頃の無邪気さは、裏返せば残酷なことを少しも躊躇せず実行できるということだ。弟の躰に刻まれた傷口は、弟の弱い立場を示す、苛めっこたちのしるしであった。(本間洋平「家族ゲーム」)

両親は、出来の悪い弟の将来を案じ、家庭教師を雇うが、茂之の無気力な姿勢に辟易して、歴代の家庭教師は次々と辞めていってしまう。

6人目の家庭教師としてやってきたのが、三流大学7年生の<吉本>である。

吉本は、徹底した鉄拳制裁で茂之を鍛え上げ、茂之の成績はどんどん向上していく。

「どうして、逃げた。お前、お袋さんのところへ逃げれば、それで、すむと、思ってるのか!」家庭教師は屈みこんだ弟の背中を蹴りあげた。弟の奇声と転がる音が響いてくる。台所の母はこの音を、全神経を集中させ聞いているだろう。(本間洋平「家族ゲーム」)

一方、志望校に合格した慎一は、将来の目標を定められず、自堕落な高校生活を送っていた。

この物語は、出来の悪い弟と家庭教師との関係を軸として変化していく家族の様子を、兄<慎一>の視点から描いた家族批判の物語である。

現代社会を生きる一家に与えられた「家族ゲーム」

慎一の批判の中心にいるのは、母親である。

勉強するのは自分のためだと言い続けていた母親が、不登校となった慎一に向かって「お願いだから、母さんのために、学校へ行っておくれ」と懇願する場面がある。

進学校への入学が、自分のためではなく両親(特に母親)の希望を叶えるためだと悟っていた慎一は、そのために自分の目標を持てずに、学業を放棄してしまう。

心配性と潔癖症の母にとって、ぼくらが駒のように動かないことが一番もどかしい。弟はその母の性格のために、自分からは何もすることができなくなり、結果的には浪人生活を送ることになった。そして、ぼくは……(本間洋平「家族ゲーム」)

想像力の欠如した母は、進学校へ入学すれば、すべてがうまくいくと考えていたのだろう。

そんな母にとって、自分たちは、ゲームの駒でしかないことを、慎一は理解していた。

しかし、そんな慎一の批判の矛先は、慎一自身にも向けられている。

学校をさぼり、本屋で万引きし、キレまくって友だちを殴り続ける、そんな自分の異常行動の原因が、母ではなく自分自身にあることを、高校生の慎一は既に理解していた。

ただ、そんな気持ちをどこへ持って行けばいいのか、それが慎一には分からなかっただけなのだ。

そして、そのような慎一の、不安の根源となっているのは、人生の目標を持たずに生きてきた沼田一家そのものにあることも、また確かだろう。

「ああ、やっぱりね、おれ、何とかしてあげたいけど、一時的に強制しても、同じことなんだなあ。……結局、家庭という枠のなかでね、それぞれの人たちが、互に作用し合って、生きてきて、その結果、茂之君が、今のように、育ってきたわけなんだから」そこで家庭教師は話を止めた。(本間洋平「家族ゲーム」)

外部からの闖入者であった吉本だけが、沼田家の本質的な問題をとらえていたが、家族の問題は家族にしか解決することはできない。

母は、このゲームを「子育てゲーム」あるいは「進学ゲーム」として認識していたのかもしれない。

しかし、実際には、それは「家族ゲーム」だった。

父や母も駒の一つとして動かなければ、家族そのものを目標へと導くことはできない。

誰もが駒であると同時にプレイヤーである。

それが、現代社会を生きる四人家族に与えられた「家族ゲーム」のルールだったのだ。

結局、この小説は、極めて個人的な(家族的な)事情を扱っていながら、問題提起されているのは、現代社会における家族の在り様である。

いじめや不登校といった子どもたちの問題行動や、学歴偏重社会における進路指導の在り方。

そして、何より家庭における教育力の低下が、ここでは描かれている。

教育の現代的な課題は、既にここから始まっていたのだ。

書名:家族ゲーム
著者:本間洋平
発行:1984/3/25
出版社:集英社文庫

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