日本文学の世界

島木健作「赤蛙」明らかな困難に対し愚直に向かっていく姿の美しさ

島木健作「赤蛙」あらすじと感想と考察

島木健作「赤蛙」読了。

本作「赤蛙」は、 1946年(昭和21年)1月『人間』に発表された短編小説である。

著者は前年8月に42歳で病死。

作品集としては、1948年(昭和23年)に日産書房から刊行された『赤蛙』に収録されている。

一匹の赤蛙が、中年男の心を動かした

本作「赤蛙」は、病弱な中年男性の復活に賭ける思いを描いた短編小説である。

修善寺の宿へやってきた男(<私>)は明らかに病んでいる。

宿についた私はその日のうちにもうすっかり失望して、来たことを後悔しなければならなかった。実にひどい部屋に通されたのだ。それは三階の端に近いところで、一日じゅう絶対に陽の射す気づかいはなく、障子を立てると昼すぎの一番明るい時でも持って来た小型本を読むのが苦労だった。(島木健作「赤蛙」)

宿からも軽んじた扱いを受けている男は、社会の中で自分の居場所を見つけることのできない疎外感さえ、心の中に抱いていたに違いない。

そんな彼の気持ちを支えたのが、河原で偶然に見つけた一匹の赤蛙である。

中州の上にいる赤蛙は、川を渡って向こう岸へ渡ろうと試みるが、川の流れに阻まれて何度やっても成功しない。

赤蛙は向う岸に渡りたがっている。しかし赤蛙はそのために何もわざわざ今渡ろうとしているその流れをえらぶ必要はないのだ。下が一枚板のような岩になっているために速い流れをなしている所が全部ではない。急流のすぐ上に続くところは、澱んだゆっくりとした流れになっている。(島木健作「赤蛙」)

しかし、赤蛙は、あえて急流の中に身を投じ、何度も同じ失敗を繰り返している。

はじめ、赤蛙を滑稽に感じていた男は、やがて、ひたむきな赤蛙の姿に何かを感じ取る。

そのとき、男は、昼に宿を出たときとは、全然違う気持ちになっていた。

一匹の赤蛙が、中年男の心を動かしたのである。

愚直に戦う人間の美しさ

本作「赤蛙」は、気弱な男が、赤蛙の行動に心を動かされて、自身の変革へとつなげていこうとする自己変革の物語である。

赤蛙のまったく合理的でない行動は、繰り返されることによって男の心を動かすに至った。

男の心を動かしたのは愚直の精神である。

すべてそこには表情があった。心理さえあった。それらは人間の場合のようにこっちに伝わって来た。明確な目的意志にもとづいて行動しているものからでなくてはあの感じは来ない。ましてや、あの波間に没し去った最後の瞬間に至っては。そこには刀折れ、矢尽きた感じがあった。力の限り戦って来、最後に運命に従順なものの姿があった。(島木健作「赤蛙」)

「力の限り戦って来、最後に運命に従順なものの姿があった」という文章に、男(つまり著者)の覚悟が感じられる。

全力で挑戦して、それで駄目なら諦める。

後悔を残さない者の生き方が、そこにはある。

タイパとかコスパを重視する現代社会では、理解しにくい哲学かもしれない。

しかし、困難に立ち向かうとき、愚直に戦う人間の美しさは、どんな時代にも感動を与えるものではないだろうか。

それは、絶対に勝てないと分かっているジャイアンに、愚直に立ち向かっていくのび太の美しさだ。

私は昼出た時とは全くちがった気持になって宿へ帰った。臭い暗い寒い部屋も、不親切な人間たちも、今はもう何も苦にはならなかった。私はしばらくでも俗悪な社会と人生とを忘れることができたのである。(島木健作「赤蛙」)

翌日、男は宿を去る。

自己変革の糸口をつかんだ男は、次の新しい道へと進む必要があったからだ。

終戦の日、「仕事のし直しだ」と、再スタートへの決意を示した病床の島木健作は、その二日後、あえなく無念の死を遂げた。

そんな最期を知っているからこそ、本作「赤蛙」に描かれた男の姿は、悲惨であると同時に美しくさえもある。

川の流れに沈んでいく赤蛙の姿が、やはり美しかったのと同じように。

作品名:赤蛙
書名:現代日本文學大系 70 武田麟太郎・島木健作・織田作之助・檀一雄集
著者:島木健作
発行:1970/06/25
出版社:筑摩書房

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やまはな文庫
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