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辻真先「旅は道づれ湯はなさけ」鉄道と温泉で綴る80年代の湯煙紀行

辻真先「旅は道づれ湯はなさけ」鉄道と温泉で綴る80年代の湯煙紀行

辻真先「旅は道づれ湯はなさけ」読了。

本作「旅は道づれ湯はなさけ」は、1989年(平成元年)5月に徳間文庫から刊行された旅行エッセイ集である。

リゾート列車の隆盛とローカル線の廃止

全国旅行割のおかげで、ちょっとした旅行ブームになっているらしい。

久しぶりに、旅行物でも読んでみようと思って手に取ったのが、平成初期に刊行された辻真先のエッセイ集。

辻真先は、テレビアニメのシナリオで有名だが、1980年代にはミステリー小説も随分書いていた。

八月十八日、札幌市の教育文化会館からの依頼で、中学生相手におしゃべりにゆく。自分ではいっぱしミステリー作家のつもりだが、世間さまには、まだ『鉄腕アトム』の、『サザエさん』の、『Drスランプ』の脚本家という方が通りがいいようだ。(辻真先「旅は道づれ湯はなさけ」)

本書は、雑誌『問題小説』(徳間書店)、『大衆文芸』(新鷹会)、『旅』(日本交通公社)に掲載されたエッセイを、徳間文庫オリジナルで刊行したもので、昭和後期の旅行の様子が分かって楽しい。

著者の辻真先は、鉄道と温泉が好きだったらしく、旅のこだわりは鉄道と温泉である。

取材と称して、全国各地を訪れているのだが、どういうわけか、北海道が多い。

これは、北海道が数多くの温泉を有する温泉地であるということと無関係ではないだろう。

ぼくはとりあえず北海道に行った。なんたって六月の北国はすてきだ。梅雨がない代りに、花が咲く。観光客がいない代りに、毛ガニがいる。だが、ぼくが北海道をめざしたのは、毛ガニのためではない(多少それもあります)。(辻真先「旅は道づれ湯はなさけ」)

本書に登場する北海道の温泉地を、ざっと拾ってみると、雷電温泉、国民宿舎北オホーツク荘、洞爺湖温泉の万世閣、二股ラジウム温泉(長万部)、セセキ温泉(知床)、相泊温泉(知床)、豊富温泉、丸駒温泉(支笏湖)、登別温泉の第一滝本館、川湯温泉、阿寒湖温泉、平磯温泉の銀鱗荘(小樽)、湯の川温泉、幌加温泉などなど。

普通の北海道民よりは、ずっと北海道の温泉に詳しい。

各地の温泉が、ローカル線とセットで紹介されているところが、旅情をそそる。

なんだってそんな場所を選んだのかといえば、網走と湧別をむすぶ勇網線が、三月十九日を以て廃線になる。以前乗ったことはあるが、拙作『幻の流氷特急殺人事件』の舞台になってもらったので、個人的にも愛着がある。網走湖、能取湖、サロマ湖と、三つの湖を縫って走る、国鉄有数の眺めのいい路線だった。(辻真先「旅は道づれ湯はなさけ」)

北海道の鉄道は、当時から廃れつつあったようで、興浜北線や興浜南線、岩内線など、ローカル線廃止の話題が多い。

湧網線の廃止は1987年(昭和62年)3月20日。興浜北線・興浜南線・岩内線は1985年(昭和60年)に廃線となっている。

一方で、アルファ・コンチネンタル・エクスプレスやフラノエクスプレスなど、リゾート列車の話題にも事欠かないなど、バブルという時代が、採算性を重視して、儲かるところに設備投資を始めた様子が伺える。

アルファ・コンチネンタル・エクスプレスは、1995年(平成7年)廃車。フラノエクスプレスも、2004年(平成16年)に廃車となっている。

永井豪プロ生活二十周年のお祝いで温泉

本書は気軽なエッセイ集なので、作家の日常が垣間見える話題も登場している。

箱根の堂ヶ島温泉は、漫画家・永井豪(著者は「豪ちゃん」と呼んでいる)のプロ生活二十周年のお祝いで、ファン一同が集まったときの様子を綴ったもので、柴野拓美や高千穂遥の名前が見える。

そのうちスキーに凝っている高千穂氏から(彼、重症の花粉症なので、雪の中で暴れている分には調子がいいようだ)新潟直送の酒を飲まされ、「デビルマン」やら「コンバトラーV」、さては「タイガーマスク」「ゲゲゲの鬼太郎」などアニメを書いていたころのもと少年ファンたちと交歓しているに、ついにお先にダウンしてしまった。(辻真先「旅は道づれ湯はなさけ」)

基本的に一人旅の話が多いだけに、こういった宴会の話が出てくるのも楽しい。

今年90歳になる辻真先先生が、まだ50代だった頃の旅物語である。

書名:旅は道づれ湯はなさけ
著者:辻真先
発行:1989/5/15
出版社:徳間文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。