庄野潤三の世界

阪田寛夫「庄野潤三ノート」誰よりも庄野文学を愛した作家の庄野潤三論

阪田寛夫「庄野潤三ノート」あらすじと感想と考察

阪田寛夫「庄野潤三ノート」読了

本作「庄野潤三ノート」は、1973年(昭和48年)6月から1974年(昭和49年)4月にかけて講談社から刊行された『庄野潤三全集』に連載された文学論である。

連載開始時、著者は48歳だった(ちなみに、庄野さんは52歳だった)。

単行本は1975年(昭和50年)5月に冬樹社から刊行された。

これほどまでに庄野潤三の作品を愛した読者は他にいない

『庄野潤三ノート』は、現在に至るまで最も濃密な内容となっている庄野潤三論集である。

一人の作家が、ここまで深く庄野文学を考察した例は他にない。

本書の特徴は、その作者が、極めて身近なところから、庄野潤三という作家と接し続けてきた人間であるということである。

阪田寛夫は、庄野さんが、まだプロの小説家としてデビューする前から、大阪朝日放送の同僚社員として、庄野さんと接してきた。

私は同じ頃同じ放送会社に入り、すぐ庄野さんの班に配属された。中之島の、ジュラルミンをふんだんに使ったビルディングの九階に事務所があった。最初、部屋の入口からのぞいた時、かっぷくのいい庄野さんは真白なワイシャツの袖を少したくし上げ、渋いネクタイをきちんと締めて、書き物に没頭していた。(阪田寛夫「庄野潤三ノート」)

阪田寛夫は、作品の背景や思いなどについて、作者本人と日常レベルで会話をしていたことだろう。

もちろん、作者の人となりとすっかりと掌握しているから、作品の深いところにまで入っていくことができる。

そういう意味で、庄野潤三の作品を考察するのに、これ以上の適任者はいない。

しかし、もっとすごいことは、著者の阪田寛夫は、庄野潤三の作品に心からの愛情を持って接している、ということである。

たぶん、これほどまでに庄野潤三の作品を愛した読者は、他にいなかったのではないか。

主人公は必ずしも庄野さん自身ではなく、といってそこから庄野さんの体験を引きはがすことも出来ない。そして、どの小説もエッセイもみな一つの長篇につながりひろがって行く性格を持っている。私はそんな風にこの作家の作品を読んできた。(阪田寛夫「庄野潤三ノート」)

だから、庄野潤三の作品に対する理解を深めたいと考えたとき、阪田寛夫の『庄野潤三ノート』は、全体に欠かすことのできない解説書である。

ただし、本作は『庄野潤三全集』に合わせて書かれたものであるため、庄野さんの作品としては『野鴨』(1973)が最新の作品となっている。

できれば、これ以降の作品についての「庄野潤三ノート」も読んでみたかったと思う。

「絵合せ」と「静物」との相関関係

本作『庄野潤三ノート』は、阪田寛夫の個人的な感想だけで構成された文学論集ではない。

多くの作家の書評や論文が引用されて、極めて意図的に、様々な観点から作品へ接近するように書かれている。

つまり、本書を読むことで同時に、多くの庄野潤三論に触れることができるのだ。

そこには、現在では入手が厳しいだろう新聞や週刊誌に掲載された小さな書評まで引用されていて、その意味でも、本作は庄野潤三研究のバイブルだと思う。

だけど、読んでいて楽しいのは、やはり、庄野さんの小説の裏話だ。

例えば、短編小説「蒼天」の背景について、阪田寛夫のインタビューに答える形で、庄野さんは次のように語っている。

「あまり書きたくない時間のことだけれども、『妻』が一つつまずいて、幾らかペシミスティックになった気持と(まだ生きて行こうという気もあるのだけれども)、新婚のあとの蜜月の中にあるエゴイズム(男女の食いちがい)とを並べて置いてみようとした」(阪田寛夫「庄野潤三ノート」)

「蒼天」では、クリスマスの日の朝に<妻>が自殺未遂をしたときの回想が綴られているが、これは、代表作「静物」へと続く物語となっている。

「あまり書きたくない時間のことだけれども」と、庄野さんが前置きしているところが興味深い。

一番感銘を受けたのは「絵合せ」と「静物」との相関関係についての指摘である。

「絵合せ」では、結婚して家を出ていく長女が、縫いぐるみの虎と兎を持っていく場面が描かれている。

一方で、「静物」にも、母親の自殺未遂を知らずに済んだ幼い女の子が、トラの縫いぐるみをもって寝る場面が出てくる。

つまり、「絵合せ」の縫いぐるみの虎と兎の底には「静物」があり、「静物」の底には、さらに十年前の「舞踏」や「愛撫」の世界が沈んでいる。縫いぐるみのとびきり高価な仔犬を夫に相談なしに買って来た妻は、その朝起しても起きなかった。──遠い微かな不幸の匂いと、再生への長い長い祈りの歌を、私はこのくたびれて横たわる縫いぐるみの動物の姿から感じる。そして久しぶりに登場した象徴的な動物たちがいよいよ「黍坂」へ行ってしまうことに、「静物」の世界がここに閉じるという極めて個人的な感慨を持つ。(阪田寛夫「庄野潤三ノート」)

「絵合せ」が「静物」の世界の終わりだとは、まったく考えたこともなかった。

これは、非常に素晴らしい発見だと思う。

何度も繰り返し読むくらい、僕は「絵合せ」が大好きだが、暗い感じの漂う「静物」は、あまり読み返してはいない。

初期の夫婦小説も同じで、だから、過去の作品を丹念に読み返していくと、後の作品との関連を、さらに見つけることができるのかもしれない。

そういう気づきを得られたことこそが、本作『庄野潤三ノート』を読み終えた後の、一番大きな成果なんだろうな。

書名:庄野潤三ノート
著者:阪田寛夫
発行:2018/05/10
出版社:講談社文芸文庫

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ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。