庄野潤三の世界

庄野潤三「庭のつるばら」作家の歴史を織り込んだ熟成の変奏曲

庄野潤三「庭のつるばら」作家の歴史を刻みこんだ熟成の老人日記

庄野潤三「庭のつるばら」読了。

本作「庭のつるばら」は、『新潮』1998年(平成10年)1月号から12月号にかけて連載された、夫婦の晩年シリーズ4作目の長編小説である。

単行本は、1999年(平成11年)4月に新潮社から刊行された。

この年、著者は78歳だった。

なお、2023年(令和5年)1月、小学館のP&D BOOKSシリーズから刊行された。

人生を穏やかに過ごすということは、難しいことではない

本作『庭のつるばら』の主旋律は、年老いた夫婦のささやかな日々の暮らしである。

かつて一緒に暮らしていた三人の子どもたちは独立して、それぞれに家庭を築いている。

老夫婦の暮らしは、そんな子どもたちの家族との交流を縦軸として描かれていく。

ちょっとしたお裾分けを届けたり、誕生日のお祝いを贈ったり、お彼岸のかきまぜを差し入れしたりと、彼ら家族の交流は互いに細やかで温かい。

そんな家族の交流のクライマックスとなっているのは、作者の喜寿のお祝いで、一族揃って伊良湖岬まで旅行へ出かける場面だろう。

二日目の夜、良雄たち三人の部屋にみんな集まったとき、長男は家から持って来たフランスのシャンパンをあけ、気分が盛り上った。そのあと、長男は指のサインを四つほど出して、どれにしますかと訊く。そこでリバティーのLのかたちにしようといい、一同Lの字の指をつき出して乾杯する。そこを長男がカメラに収めた。(庄野潤三「庭のつるばら」)

一方で、老夫婦には、ご近所との交際がある。

巨人軍のピッチングコーチをしている藤城さん一家や、妻のピアノ仲間の有美ちゃん(中学二年生)など、夫婦の晩年シリーズのレギュラーメンバーが勢揃いしているが、大きな衝撃を受けたのが、『エイヴォン記』から登場し続けている清水さんの逝去である。

計四郎さんは、「家内は雨女ですね」といわれる。そういえば、お通夜も告別式の日も、雨が降った。お写真のうしろの本棚に私の『エイヴォン記』『文学交友録』が並んでいる。『エイヴォン記』は、はじめて清水さんが登場する作品であった。(庄野潤三「庭のつるばら」)

庄野家にバラを届けてくれるご近所さんとしてお馴染みの清水さんの突然の死は、俄かには受け入れがたいものがあるが、人の生死というのは、作家の手に委ねられるほど安易なものではなかったのだ。

横軸の交流として、もうひとつ大切なものに、庄野さんの文壇仲間との交流がある。

本作では、福田宏年が亡くなった話と、阪田寛夫のモービル児童文化賞受賞式に出席したときの話が紹介されているが、井伏鱒二・小沼丹が逝った今、庄野さんの盟友と呼べるのは、阪田寛夫一人となってしまったかのようだ。

作中では、遠藤周作一周忌の会の話も出ていて、次々と亡くなっていく作家仲間たちへのレクイエムを感じさせる。

家族との交流を縦軸に、ご近所さんや文学仲間との交流を横軸に構築された物語をタイムマネジメントしているのは、「夜のハーモニカ」である。

5月の『鯉のぼり』に始まった庄野さんのハーモニカ演奏は、『夏の思い出』『夏は来ぬ』『椰子の実』『海』『夏休み』と季節を刻み、『赤蜻蛉』で物語の幕引きへと読者を導いていく。

人生を穏やかに過ごすということは、そんなに難しいことではない。

あるいは、老いるということは、それほど悲嘆すべきことでもない。

『庭のつるばら』は、そんな勇気を与えてくれる前向きな老人日記なのだ。

作家・庄野潤三の歴史を刻みこんだ、味わい深い老人日記

『庭のつるばら』の主旋律は、老夫婦のささやかな日常である。

ただし、本書のメロディが決して単調なものとなっていないのは、過去の作品が随所でサンプリング(引用)されているためだろう。

例えば、南足柄の長女が、かつて餅井坂で暮らしていたという話は『野鴨』に詳しいし、南足柄に引っ越したばかりの頃のことは『インド綿の服』に書かれている。

ムカデを見つけたときには、かつて、この家にもムカデが出たという思い出話へと繋がり、それは『夕べの雲』からの引用でもある。

そもそも、本書のタイトルにもなっている「庭のつるばら」は、新築祝いに兄の英二からお祝いにもらった「つるばら」のことで、『夕べの雲』の一番最初に詳しく紹介されているお話なのだ。

私たち一家が東京練馬の石神井公園から多摩丘陵の一つの丘の上に家を建てて引越して来たのは、三十六年前のことだ。そのとき、大阪にいる兄英二がお祝いに枚方のばら園からばらを送ってくれた。ブッシュ五つとクライミング(つるばら)が五つ。兄から届いた速達の手紙の指示に従って、ばらが届くまでに私は庭のまわりに穴を十、掘った。(庄野潤三「庭のつるばら」)

そういう意味で、『庭のつるばら』は『夕べの雲』の30年後の後日譚である、と考えることもできるかもしれない。

ついでに書くと、孫(今村和雄)の婚約相手(梅原聡子)の父親である梅原さんが、庄野さんの自宅を訪れたときに、書斎の隅の備前のかめを見て「井伏さんのかめですね」と話すのも、『夕べの雲』由来のエピソードである。

娘の結婚が決まりそうな梅原さんが、『絵合わせ』の話をするところもいい。

『絵合わせ』は、五人家族の中の長女がもうすぐ結婚して家を出てしまうまでの時期の、微妙な家族の気持ちを繊細に描いた物語だからだ。

『ピアノの音』の売れ行きが良いといって、かつて、ガンビア時代にミノーから教わったタッチウッドを思い出す場面は『ガンビア滞在記』を思い出させる。

その話を妻がして、「三刷、行くかも知れないよ」といい、タッチウッドで机を手でさわる。昔、オハイオ州ガンビアにいたとき、親しくつきあっていたおとなりの、ボンベイ生れのミノーから、願いごとがあるとき、「タッチウッド」といって、何でもいいから木にさわると、その願いごとが叶えられるという話を聞いたので。(庄野潤三「庭のつるばら」)

『早春』に登場する、神戸の友人・松井嘉彦の思い出話もいいし、九州の大学時代の島尾敏雄との話は、『前途』に登場するエピソード。

もちろん、清水さんが亡くなった話の中では、『エイヴォン記』『さくらんぼジャム』『鉛筆印のトレーナー』といった一連の作品が登場してくる。

ちょっとしたことで指摘すると、芥川賞受賞記念で阪田寛夫からもらったガラスの器に入れた貝がらとビー玉は、本シリーズ最初の作品である『貝がらと海の音』の作品タイトルにもなったものである。

こうしてみると、本作は、老夫婦の日常生活を主旋律としながら、過去の庄野文学を巧みにサンプリングして織り込んだ変奏曲であることが分かる。

つまり、『庭のつるばら』は、ただの老人日記ではない。

作家・庄野潤三の歴史を刻みこんだ、味わい深い老人日記なのだ。

本書を読み終えた後で、単行本の帯に「庄野文学五十年の結実」と書いてあるのを見て、うまいキャッチフレーズだなあと思った。

過去の庄野さんの作品を一気読みしたくなってしまうので、要注意。

書名:庭のつるばら
著者:庄野潤三
発行:1999/4/25
出版社:新潮社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。