日本文学の世界

吉野源三郎「君たちはどう生きるか」子どもたちと真剣に向き合う大人たちの物語

吉野源三郎「君たちはどう生きるか」あらすじと感想と考察

吉野源三郎「君たちはどう生きるか」読了。

本作「君たちはどう生きるか」は、1937年(昭和12年)に刊行された長編少年小説である。

この年、著者は38歳だった。

戦後、二度に渡って大幅な改訂が行われている。

このように生きていくべきだというメッセージ

「君たちはどう生きるか」というタイトルは、およそ文学作品らしくない。

これは、作品のテーマであって、作品のタイトルとしては似つかわしくないからだ。

なぜ、そのようなことになったのか。

本作『君たちはどう生きるか』は、山本有三監修の子ども向け教養書シリーズ『日本少年国民文庫』の最終刊として刊行された長編小説である。

最終刊のテーマは「倫理」で、「君たちはどう生きるか」は、まさしく執筆陣が、当時の少年少女たちに伝えたいメッセージそのものだった。

だから、『君たちはどう生きるか』は小説としての形態を採ってはいるけれど、正確に言えば、これは文学作品ではない。

メッセージを少年たちに分かりやすく伝えるための物語だと理解した方がいい。

そう考えると、エピソードと「おじさんのノート」で組み立てられた本作の構成にも納得がいく。

「事例研究」のあとに「解説」が入る形の、これは道徳の教科書なのだ。

例えば、「五 ナポレオンと四人の少年」で、主人公の<コペル君>から、「水谷君のお姉さんはナポレオンを崇拝している」という話を聞いて、おじさんは次のような文章をノートに書き付ける。

英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、ほんとうに尊敬できるのは、人類の進歩に役だった人だけだ。そして、彼らの非凡な事業のうち、真にねうちのあるものは、ただこの流れにそって行われた事業だけだ。(吉野源三郎「君たちはどう生きるか」)

物語の合間合間に、こうした<おじさん>による解説が入るので、かなり押しつけがましい気持ちがすることは確かだ。

むしろ、こうした説教じみた解説こそが、本書の最大の目的である。

だからと言って、本作が物語としてつまらないかと言うと、決してそんなことはない。

「四 貧しい友」で、豆腐屋を営んでいる<浦川君>の家庭生活を見たコペル君に、おじさんは格差社会について説いてみせる。

ぼくたちも人間であるからには、たとえ貧しくとも、そのために自分をつまらない人間と考えたりしないように、──また、たとえ、豊かな暮らしをしたからといって、それで自分をなにか偉いもののように考えたりしないように、いつでも、自分の人間としてのねうちに、しっかりと目をつけて生きていかなければいけない。貧しいことに引けめを感じるようなうちは、まだまだ人間としてだめなんだ。(吉野源三郎「君たちはどう生きるか」)

当時流行のプロレタリア文学であれば、こんなふうに貧困を前向きに受け入れたりしない。

貧富の差を考えるよりも、人間としての生き方を説く。

それが、本作の大きなテーマである。

「君たちはどう生きるか」という問いかけは、「君たちは、こんなふうに生きていかなければならない」という導きへと繋がっていく。

子どもたちと真剣に向き合う大人たちの物語

本作『君たちはどう生きるか』で一番良かったところは、登場人物のうちの大人たちが、みな魅力的な人間として描かれていることである。

例えば、「七 石段の思い出」で、仲間たちを裏切ってしまったコペル君が、病に臥せっているとき、コペル君のお母さんは、自分の体験を話して聞かせる。

純一さん、なぜあのとき、思ったとおりしてしまわなかったんだろうって、残念な気持ちで思いかえすことは、おとなになってからも、よくあるものなのよ。どんな人だって、みんなそんな思い出を、一つ二つもってるの。子どものころよりは、もっと大きなことで、もっと取りかえしがつかないことで、そういう思いをすることが、おとなにはあるんです。(吉野源三郎「君たちはどう生きるか」)

このお母さんの告白は、この物語の中で、一つのクライマックスだと思う。

そして、コペル君のお母さんに限らず、仲間たちの家族は、みんな真剣に子どもたちのために行動してくれる。

学校の先生も真摯に子どもたちと向き合ってくれるし、なにより、亡くなったお父さんの代わりに、コペル君を優しく見守ってくれるおじさんの存在は大きい。

もしも、この物語を用いて子どもたちに道徳を説くときに、一つ大きな問題となることは、子どもたちの現実生活に、こんなに理解のある大人たちが揃っているかどうかということだろう。

これだけいえば、もう君には、勉強の必要は、お説教しないでもわかってもらえると思う。偉大な発見がしたかったら、いまの君は、なによりもまず、もりもり勉強して、今日の学問の頂上に登りきってきまう必要がある。そして、その頂上で仕事をするんだ。(吉野源三郎「君たちはどう生きるか」)

「頂上で仕事をしろ」と言える大人が、今の時代にどのくらいいるのだろうか。

この物語によって、今、試されているのは、むしろ、我々大人の方なのかもしれない。

書名:君たちはどう生きるか
著者:吉野源三郎
発行:2011/08(新装改訂)
出版社:ポプラ社(ポプラポケット文庫)

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。