日本文学の世界

小沼丹「蝉の抜殻」亡くなった人たちを懐かしく思う気持ちと夏の夜の夢

小沼丹「蝉の抜殻」あらすじと感想と考察

小沼丹「蝉の抜殻」読了。

本作「蝉の抜殻」は、1966年(昭和41年)11月『文学界』に発表された短編小説である。

この年、著者は48歳だった。

作品集としては、1969年(昭和44年)4月に講談社から刊行された『懐中時計』に収録されている。

8月は、亡くなった人たちを懐かしく思い出す季節

本作「蝉の抜殻」は、8月に読みたい短編小説である。

なぜなら、この小説のテーマは、死んだ人たちを懐かしく思う気持ちであり、8月は死んだ人たちの魂が帰ってくると言われる「お盆」の季節だから。

物語の進行役を務めているのは、冒頭から登場する<蝉の抜殻>である。

そして、時々、家の中へと迷い込んでくる<鬼やんま>や<黒揚羽(くろあげは)>が、サポート役を担ってくれる。

鬼やんまや黒揚羽が入り込んできたとき、<大寺さん>は不思議な気持ちになる。

「──これは死んだ誰かであって、挨拶にやって来るのだろう」

もちろん、大寺さんだって、本気でそんなことを信じているわけではない。

これは大寺さんの気持が弱っているためかもしれない。この二、三年の間に、大寺さんは細君とそれから両親を続いて亡くした。数ヵ月前に三度目の葬式を済せたとき、大寺さんは、「──やれやれ、草臥れた」と、何度も独言を云った。(小沼丹「蝉の抜殻」)

鬼やんまや黒揚羽には、死んだ人たちを懐かしく思う大寺さんの心情が投影されているのだろう。

「──でも、怪訝しいですね、三遍も這入って来るなんて……。普通だったら、どっかへ飛んで行ってしまう筈ですからね。これは、何か……」云い掛けて西田さんは笑った。(小沼丹「蝉の抜殻」)

友人の言いかけた言葉の意味が、大寺さんにも分かるような気がする。

8月は、亡くなった人たちを懐かしく思い出す季節なのだ。

人生は夏の夜の夢みたいなもの

一方、本作のストーリー構成上の中心となっているのは、病院へ入院している<吉田さん>の話である。

吉田さんの入院生活はまったくの呑気なもので、中年男性ばかりが集まってエロ話で盛り上がる入院患者の会まで作ってしまったという。

年譜の1966年(昭和41年)7月末のところに「虎の門病院に横田瑞穂を見舞い。「蝉の抜殻」中の逸話、老人の入院患者たちの生態を知る」とあるから、作中の<吉田さん>は、あるいは、横田瑞穂がモデルとなっていたのかもしれない。

大寺さんも西田さんも、この入院患者の会が、どんどん発展していく様子を楽しく聴いている。

<ロビイ会>と命名されたこの入院患者の会の名簿には、十五、六人の名前が並ぶようになった。

もっとも、ここは病院だから、必要がなくなった人たちは退院していかなければならない。

「──しかし、この会員もいま残っているのは三、四人でね、それもあと十日もすると殆ど退院しますからね……。夏の夜の夢、みたいなものだ……」「夏の夜の夢ですか……」(小沼丹「蝉の抜殻」)

病院の中が、まるで現世社会のようになっている。

そして、退院していく人々は、死んでいく人たちのように病院の中から姿を消してしまう。

「夏の夜の夢、みたいなものだ」

それは、まさに、我々が今生きている、この人生そのものを意味しているのだろう。

ここで、物語は、蝉の抜殻とつながってくる。

大寺さんの家の客間の壁に飾られた蝉の抜殻は、死んだ人たちの魂の化身である。

それを見送って大寺さんは苦笑した。先日見附けた十三番目の抜殻は、あれはいまの蝉の抜殻だったのではあるまいか、と思ったからである。無論、そんな筈は無いだろうが、そう思うと、その方が面白い気がした。しかし、同時に、「──ははあ、またつまらんことを考えているな……」と云う声を聞いたような気がした。(小沼丹「蝉の抜殻」)

死んだ人たちを懐かしく思う気持ちは、ともすれば情緒的に流されやすい傾向を持っているものだろう。

しかし、小沼丹の小説は、あくまでもクールである。

「──ははあ、またつまらんことを考えているな……」という声は、大寺さんの心の声だったのかもしれない。

作品名:蝉の抜殻
著者:小沼丹
書名:懐中時計
発行:1991/09/10
出版社:講談社文芸文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。