日本文学の世界

川端康成「雪国」抒情的に書けば不倫も愛人も美しくていい話になる

川端康成「雪国」あらすじと感想と考察

川端康成「雪国」読了。

本作「雪国」は、1948年(昭和23年)12月に創元社より刊行された長篇小説である。

この年、著者は49歳だった。

なお、『雪国』の製作過程は複雑で、1935年(昭和10年)から1947年(昭和22年)まで断続的に発表された作品が、1948年(昭和23年)に一冊の単行本としてまとめられた。

抒情的に書けば、不倫も愛人も美しくていい話になる

本作「雪国」は、妻子ある東京の男性が、地方の温泉場の芸者と肉体関係を持ち、深みにハマっていく過程を描いた不倫小説である。

日本人って、本当に不倫小説が好きなんだなあ。

もっとも、この不倫小説には官能的な場面は一切ない。

たとえ、何度、肉体関係を重ねても、具体的なセックスシーンが描かれることはなく、最近で言えば「匂わせ」のように、雰囲気だけを提示する形となっている。

「君はあの時、ああ言ってたけれども、あれはやっぱり嘘だよ。そうでなければ、誰が年の暮にこんな寒いところへ来るものか。後でも笑やしなかったよ」(川端康成「雪国」)

「あの時」とか「ああ言ってた」とか「あれは」とか、やたらに具体を避ける言い回しは、日本的で奥床しい表現と言うこともできる。

あっさりと読んでしまえば、主人公の<島村>が、<駒子>を愛人にしてもてあそんでいるといった印象は、ほとんど受けない。

抒情的に書けば、不倫も愛人も美しくていい話になるんだという意味で、『雪国』はやっぱり名作なんだろうな。

ただし、本作『雪国』は深読みを許さない小説である。

東京で暮らしている島村の妻子はどうしているんだろうとか、こんなに女遊びをしていて、どうして家庭が崩壊しないのだろうかとか、そんなことを考えてはいけない。

雪国的世界においては、島村の嫁が激しく男遊びをしていることもなければ、島村が帰京してみたら嫁が失踪していたなんていうドラマも起きない。

ひたすらに夫を待ち続ける柔軟な嫁に支えられている、それが雪国的世界の素晴らしいところである。

妻子のうちへ帰るのも忘れたような長逗留だった。離れられないからでも別れられないからでもないが、駒子のしげしげ会いに来るのを待つ癖になってしまっていた。(川端康成「雪国」)

こういう小説を読むと、島村の嫁を主人公にした「逆雪国」を読んでみたいと思ってしまう。

家庭不在の不倫小説なんて、あまりにのんきすぎる。

不倫男が女性の孤独を浮かび上がらせる

『雪国』は謎の多い小説で、色白で小肥りの島村が、どうしてこんなに女性にモテるのかも雪国的七不思議のひとつである。

「それじゃ、帰る時連れて行ってあげようか」「ええ、連れて帰って下さい」と、こともなげに、しかし真剣な声で言うので、島村は驚いた。(川端康成「雪国」)

駒子に飽きてきた島村は、駒子のライバル<葉子>にも触手を伸ばしているのだが、島村が東京へ誘うと、葉子はこともなげに「連れて帰って下さい」と言う。

え、これ、非モテの妄想小説だったのか?と、さすがにちょっとびっくり。

意味がわからないという指摘があっても、決して的外れではないだろう。

嫁が従順な不倫小説では、男に都合の良いことは何でもありっていうことか。

島村は、まるで七夕の織姫と彦星のように、一年に一度だけ駒子の元を訪れ、セックス三昧の日々を過ごす。

もしかすると、家庭生活に不満のあるのは島村の方だったのかもしれない。

幾年か前、島村がこの温泉場へ駒子に会いに来る汽車のなかで、葉子の顔のただなかに野山のともし火がともった時のさまをはっと思い出して、島村はまた胸が顫えた。一瞬に駒子との年月が照し出されたようだった。なにかせつない苦痛と悲哀もここにあった。(川端康成「雪国」)

この作品のテーマは、駒子という女の孤独である。

しかし、その孤独は、葉子の孤独でもあり、作品には登場しない島村の嫁の孤独でもある。

女性の孤独を浮かび上がらせる上で、島村のような不倫男は便利な存在だったのかもしれない。

令和4年新版の新潮文庫版『雪国』

ところで、令和4年新版の新潮文庫版『雪国』は、注釈が非常に充実している。

「蝶はもつれ合いながら」のところで、「この個所は駒子と島村との愛が破局に至るであろうことを暗示している」などとあるのは、もはや注釈を越えて教科書の解説である。

自分で考える手間が省けていい。

「川端康成 人と作品」(竹西寛子)、「『雪国』について」(伊藤整)、「寒気を共有すること」(堀江敏幸)、「年譜」と、おまけも充実。

プレミアムカバー(2023)で買った甲斐があるってことか。

ちなみに、『雪国』冒頭の書きだしは次のとおり。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。(川端康成「雪国」)

夏目漱石『猫』の書きだし「吾輩は猫である。名前はまだない」に比べると、『雪国』の場合、2フレーズ目の「夜の底が白くなった」まで覚えている人は少ないのではないだろうか。

あと、作品の舞台となっている温泉宿のモデルは、越後湯沢温泉(新潟県)の高半旅館で、国境の長いトンネルは、昭和6年完成の清水トンネルである。

国境は「上野国(群馬県)」と「越後国(新潟県)」のことだった。

注釈に何でも書いてあるから、本当に便利。

書名:雪国
著者:川端康成
発行:2022/6/1 新版発行
出版社:新潮文庫

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