児童文学の世界

須田純一「30冊の宝物『岩波少年少女文学全集』の思い出」個人的な思い入れたっぷりの読書感想文

須田純一「30冊の宝物『岩波少年少女文学全集』の思い出」個人的な思い入れたっぷりの読書感想文

須田純一「30冊の宝物『岩波少年少女文学全集』の思い出」読了。

本作「30冊の宝物」は、岩波少年少女文学全集の思い出を綴った読書ガイドである。

1961年代初頭に岩波書店から刊行された子ども向け文学全集

読書感想文を読むのが好きだ。

既に読了済みの本について書かれた読書感想文は感動を再現しながら共有できるし、まだ読んでいない本について書かれた読書感想文は、これからの読書のための良き案内役となる。

それは、難しい文学批評である必要はなく、ビジネスチックな書評なんかじゃなくてもいい。

個人的な思い入れたっぷりで書かれている方が、読書感想文なんていうものは面白いものなのだ。

そういう意味で、本書は正真正銘の読書感想文である。

しかも、少年時代に読んだ本についての読書感想文だから、回想の読書感想文ということになる。

本書で紹介されているのは「岩波少年少女文学全集」についての思い出である。

岩波少年少女文学全集というのは、1961年(昭和36年)から1963年(昭和38年)にかけて岩波書店から出た子ども向け文学全集のことで、全30巻が刊行された。

岩波書店では、1950年(昭和25年)に「岩波少年文庫」が創刊されていたが、第2期完成に伴い、1961年(昭和36年)から新刊活動を停止している。

その隙間に登場したのが、文庫ではない立派な装丁の「岩波少年少女文学全集」だったということなのだろう。

個人的な思い入れたっぷりの読書感想文

著者は、東京都内の児童館・児童クラブ(学童保育所)で、児童厚生員として働いている方である。

書名には「30冊の宝物」とあるが、全30巻に込められた思い入れは、当然に濃淡のあるものだろう。

例えば、最も強い思い入れが感じられるのは、ドラ・ド・ヨング『あらしの前』『あらしのあと』である(なにしろ一番最初に登場していて、第一章のタイトルにもなっている)。

『あらしの前』は、ナチス・ドイツがオランダに侵攻、オランダが降伏したところで、フォン・オルト家の人々を混乱のなかに置き去りにしたままで終わる。当然、私はそのまま『あらしのあと』を読み進めたのだ。すでに戦争は終わっていた。読み進めるうちに気がつく。ヤンが出てこないのだ。ルト、ピム、ヤップ、ミープ……。ヤンがいない。どうしたのだ。不安がおそいかかる。忽然として、死という言葉が浮かぶ。衝撃。呆然として涙あふれるまま、その先を読むことができなかった。(須田純一「ヤン、君を忘れない」)

当時10歳の著者は、物語の登場人物<ヤン>の死に、大きな喪失感を覚えたという。

感動ほとばしるような文章は、物語の持つ強い力を伝えてくれるに十分なものだ。

著者が最も愛読したと思われる作家がケストナーである。

「岩波少年少女文学全集」の第一回配本は、小松太郎訳による『エミールと探偵たち』だった。

『エミールと探偵たち』でケストナーと出会った著者は、その後もケストナーとの絆を強めていったらしい。

本書のあちこちにケストナーの名前が登場してくることからも、それが分かる。

はじめと真ん中と最後を読んで、それからはじめに戻って最後まで読む、というケストナーのお母さんのエピソードは、本を読むたびに思い出す。できるだけそうしないように、はじめから最後まで読み通すことにしているのだが、ときどき誘惑に負けてケストナーのお母さん読みになってしまう。(須田純一「戯曲を読みとる」)

著者の手元には、1962年(昭和37年)に刊行された「ケストナー少年文学全集」(高橋健二・訳)の初刷りが残っているというから、きっと、幸せな家庭だったのだろう(父親は歯医者、母親は元・中学校教師だった)。

小説作品には感動的な文章が綴られている一方で、社会科学をテーマにしたものやドキュメンタリーについての思い出は、かなりあっさりとしている。

そもそも割かれているページ数が違うし、文章の温度差も異なっている。

「岩波少年少女文学全集」では、小説ばかりではなく、『エヴェレストをめざして』『アンナプルナ登頂』などの登山記録物語や、『世界をまわろう──子どものための世界地理』などのように事典的な巻も含まれているから、小説好きだった著者には印象の薄いものになってしまったらしい(『世界をまわろう──子どものための世界地理』なんて読書感想文にもなっていない笑)。

そんな濃淡のはっきりしているところも含めて、本書は個人的な思い入れたっぷりの読書感想文だ。

全30巻について、詳細な解説があるとか思わない方がいい。

好きな本は熱く、そうでない本はさらっと。

これから「岩波少年少女文学全集」を読むのだったら、全巻揃いのセットではなく、読みたいものから少しずつ揃えていった方が良いかもしれないね。

まずは『あらしの前に』あたりからかな。

書名:30冊の宝物「岩波少年少女文学全集」の思い出
著者:須田純一
発行:2005/6/20
出版社:雲母書房

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。