日本文学の世界

講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」太宰治の思い出話や開高健との釣り談義など

講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」あらすじと感想と考察

講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」読了。

本作「井伏鱒二対談選」は、2000年(平成12年)4月に講談社から刊行された対談集である。

井伏鱒二の死後に刊行されたもの(井伏鱒二は1993年に逝去)。

なお、1993年(平成5年)に新潮社から刊行された『井伏鱒二対談集』とは、収録内容が異なる別物である。

太宰治の思い出話に花が咲く伊馬春部との対談

本作『井伏鱒二対談選』は、講談社文芸文庫オリジナルの対談集である。

初出の時期も、1967年(昭和42年)の伊馬春部から1989年(平成元年)の新井満まで幅があるし、文学者以外の対談も含まれている。

最初の安岡章太郎との対談は1985年(昭和60年)のもので、安岡章太郎がイニシアチブを取っているが、対談というよりも、安岡章太郎の主張を読んでいるような感じが強い。

【井伏】あの小説は、斎藤(十一)さんが、『姪の結婚』という題を途中で『黒い雨』に治したんです。あのころベトナムへアメリカが兵隊をたくさん送りつづけていました。また送った、また送ったと、追い立てられるような気持ちで書きました。(講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」)

安岡章太郎には政治的な話も多いが、井伏さんはさすがに淡々と受け流している。

次の伊馬春部との対談は1967年(昭和42年)のもので、仲良しだった太宰治の思い出話が中心。

当時は、太宰が死んでまだ20年にならない時代のことだから、思い出にも実感がこもっている。

【伊馬】楽しかったですね。ピノチオで三人で酔っぱらって帰ってくる。まだ消え残ってた街灯に石をぶつけてたら、おまさりさんがきて……。【井伏】おまわりさんじゃないの。マージャンしてる人が見つけて、二階から来たんだ。そうしたら太宰はサッサと逃げてね。(講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」)

さすがに古い付き合いの二人だから、畏まったところが全然なくて、普段の飲み席のように温かい雰囲気がある。

対談というのは、こういう和やかな雰囲気のものがいい。

1979年(昭和54年)の三浦哲郎との対談も、いつもの師匠と弟子という感じで、井伏さんがイニシアチブを取っていて、三浦哲郎が答えるといった流れになっている。

【井伏】とみこうみしちゃいけないな。メダカがね、群から離れて一匹になっても、自分が泳いでいると、連れがサーと寄って来るね。ま、僕なんかそうはいかなくなったけれど、それを信じなきゃ、いかん。あとついていったってしょうがない。自分は自分でしかないんだもの。(講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」)

さすがに、師が弟子を導く教えのような言葉が多い。

本書の中で、一番内容の濃い対談だったかもしれない。

エネルギッシュな開高健との釣り談義

五木寛之とは戦後直後の思い出話で、1969年(昭和44年)のもの。

こういう対談は、雑誌のテーマによって内容も異なるから、一冊の対談集として読むと、統一感のないところが際立つ。

1989年(平成元年)の新井満との対談は、小説『黒い雨』について、主に新井満がインタビューしているような感じだけれど、深いところまで引き出せている感じはしない。

なんというか、余所行きの言葉が、井伏さんにも多くなっているような気がする。

【井伏】荻窪の南口に与謝野晶子さんが住んでいたんだけど、あの人も死んでしまった。早稲田の先生が僕らのクラスで、あの人はいい下着を着てくるっていってたね。とても一流の下着だって。先生はその下着を見たんだろうね。ああいう下着を着てくるのはちょっと派手すぎるなって。ここに住むようになってからは、ご近所づきあいでしたよ。(講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」)

ちなみに、与謝野晶子が亡くなったのは、戦争中だった1942年(昭和17年)のこと。

開高健との釣り談義は1970年(昭和45年)に行われた。

『NHK特集 井伏鱒二の世界~荻窪風土記から~』(1983)で観たとおり、開高健が一方的に喋りまくっているような対談だ。

開高健の長い台詞の後に、井伏さんの短い言葉が一行入る。

【井伏】ぼくは釣れなくても日本の方がいいな。釣れないところで釣ってるのは隠居釣りといっていいもんですよ(笑)なかなか小味でもっていいですからね。(講談社文芸文庫「井伏鱒二対談選」)

ちなみに、この年、井伏さんは72歳で、開高健は40歳。

バリバリの壮年期だった開高健に合わせるのは、きっと井伏さんも大変だったことだろう。

書名:井伏鱒二対談選
発行:2000/04/10
出版社:講談社文芸文庫

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やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。