庄野潤三の世界

庄野潤三「星空と三人の兄弟」グリム童話と現代家庭を行ったり来たり

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庄野潤三「星空と三人の兄弟」読了。

本作「星空と三人の兄弟」は、昭和43年(1968)2月号の「群像」に発表された短編小説である。

作品集では『小えびの群れ』(1970、新潮社)のほか、文庫版『絵合せ』にも収録された。

姉と二人の弟という三人の子どもたちが登場する、いわゆる「明夫と良二」シリーズの流れに位置付けられる作品だ。

特徴的なのは、グリム童話集の「こわがることをおぼえようと旅に出た男の話」という童話を中心として物語が展開されていること。

「日常生活の、ほんのちょっとした会話をきっかけにして童話や民話の世界へ入る。そこから逆に自分たちの生活を振り返ってみる。また、身のまわりに「ふしぎ」を見つけて、驚いたり、怖がったりしてみたいという気持がある」というあとがきの文章が、この短篇小説の意図を簡潔に解説しているものと言えるだろう。

物語は、小学六年生の男の子(次男)から友だちの話を聞いていた家族が、「グリム童話集に出て来る兄弟みたいだな」と感心するところから始まる。

「こわがることをおぼえようと旅に出た男の話」講談社『少年少女世界文学全集(ドイツ篇(2)』より「こわがることをおぼえようと旅に出た男の話」講談社『少年少女世界文学全集(グリム童話集)』より

この一家にはアンデルセンよりもグリムの童話を楽しいと思う気風があるらしい。

ひとしきりアンデルセンとグリムの比較で盛り上がったところで、細君が「こわがることをおぼえようと旅に出た男の話」がおもしろいと言い始めて、子どもたちも賛同する。

その物語を知らなかった父親(庄野さん自身だろう)は、子どもの本棚からグリム童話集を取って来て、寝床で「こわがることをおぼえようと旅に出た男の話」を読んでみる。

「ぼくだって何か覚えたいよ。ぼく、もし出来たらぞっとするということを覚えたいんだがなあ。これぼくには、まだ何のことかさっぱり分らないから」といった。父親は、ため息をついて、「ぞっとすることを覚えようというのか。それもよかろう。だが、そんなことを覚えたって、御飯を食べてはいけないぞ」

私は、こういう会話に心を惹かれる。こういうところがあるので、魔法やお化けやその他さまざまなふしぎが、みんな生きて来るのではないか。(庄野潤三「星空と三人の兄弟」)

童話の中にも庄野さんは「こういうところがあるので、魔法やお化けやその他さまざまなふしぎが、みんな生きて来るのではないか」などと、世の中の味わいというものを確かめている感じがあって、こういう部分が、庄野文学のひとつの魅力ということになるらしい。

物語を読んでいるうちに庄野さんは、我が家庭で起こった「別にどうということではない」出来事をいくつか思い出す。

それは、こわがりの兄弟(自分の子どもたち)が、夜、物置まで石炭を取りに行く時の話であったり、兄弟で組体操をした時の話であったり、流れ星を見たときの話であったりする。

特別のストーリーはないのに、深くて広い余韻がある

組体操では、仰向けに寝ている者の体を、もう一人が頭の下へ手をかけて、材木を起こすみたいに起こして、真直ぐになるまで持っていくのだが、庄野さんは「こういう時って、いちばん重くなるんだ」と言い、そばで見物していた細君が「何か言いかけようとして」やめる。

庄野さんは「死人というのが、或る時、不思議な親しさと愛敬とで私の心にふれて来ることがある」と前置きしてから、「そういう状態でいる時の人間には、自分で自分をどうすることも出来ないという気の毒なところがある。滑稽に見えるところもある」と続けている。

赤ん坊は泣き声をたてたり、手足を動かすが、こちらはそういうことは一切しない。それだけに人任せということも徹底しているから、みかたによっては赤ん坊よりもはるかに可憐であるといえる。ただ、いかに可憐であるといっても、既にはっきりとした死人であるから、世話をする方で時に気味が悪くなったり、恐怖を覚えるのは人情の自然で、死人にはまたそれだけの底力はひそんでいる。(庄野潤三「星空と三人の兄弟」)

この「死人にはまたそれだけの底力はひそんでいる」というフレーズが、この物語のポイントで、逆説的には「人間の生命力に感嘆する心」というものが、この物語のエネルギーとなっているのではないだろうか。

物語は、こうしてグリム童話と現代家庭の子どもたちとの間を行ったり来たりしながら、特別のストーリーを提供することなく終わる。

特別のストーリーはなかったはずなのに、読み終えた後の余韻が広くて深いところが、またしても庄野文学の魅力である。

書名:小えびの群れ
著者:庄野潤三
発行:1970/10/20
出版社:新潮社

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。