村上春樹の世界

村上春樹「午後の最後の芝生」僕は恋人に何を求めていたのだろうか?

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村上春樹「午後の最後の芝生」読了。

夏に読みたくなる村上春樹といえば、長編では「風の歌を聴け」で、短編ではこの「午後の最後の芝生」である。

どちらもごく初期の作品なので、初期の村上春樹はかなり夏が好きで、その夏が好きだという気持ちを小説に書きたいタイプの小説家だったらしい。

いずれにしても、夏という季節は、青春小説を書くには最高の季節である。

それは今から14,5年前のことで、当時、18歳か19歳だった主人公の「僕」は、芝刈りのアルバイトをしていた。

貯金を貯めて、遠距離恋愛の恋人と二人で夏の旅行に出かけようと思っていたのだが、突然、彼女から別れを告げる手紙が届く。

お金を貯める必要がなくなった「僕」は、芝刈りのアルバイトを辞めることにする。

最後の芝刈りの日、「僕」は亭主を亡くした中年女性の家でウォッカ・トニックを飲み、彼女の娘の部屋を見せられる。

村上春樹「午後の最後の芝生」表紙イラストは安西水丸村上春樹「午後の最後の芝生」表紙イラストは安西水丸

彼女に指示されるままに「僕」は、彼女の娘の部屋にあるタンスを開けて、そこに入っているワンピースやスカートやブラウスやポロシャツやジーパンや下着や靴下なんかを見る。

「どう思う?」と彼女は訊ね、「僕」は自分の思ったことを説明して、「僕」の最後のアルバイトは終わる。

それ以来「僕」は一度も芝生を刈っていない、というところで「僕」の話は終わる。

特別なストーリーがあるわけではない。

恋人にふられ、芝生を刈り、女の子の服を見るという、それだけのシンプルな構成の中に、失恋した男の子のやり場のない繊細な感情が描かれている。

そもそも、恋人はどうして自分から離れていったのか、「僕」にはうまく理解できていない。

「あなたのことは今でもとても好きです」と、彼女は最後の手紙に書いていた。

同時に「やさしくてとても立派な人だと思っています。でもある時、それだけじゃ足りないんじゃないかという気がしたんです」とも書いていた。

言いようのない無力感を抱えたまま、「僕」は最後の芝生を刈り終えて、姿の見えない女の子の部屋で、姿の見えない女の子と向き合っている。

「とても感じのいいきちんとした人みたいですね」

女性に請われるままに、「僕」は姿の見えない女の子について感想を述べる。

「あまり押しつけがましくないし、かといって性格が弱いわけでもない」

やがて、「僕」の感想は少しずつ、彼女の内面へと入りこんでいく。

村上春樹「午後の最後の芝生」カバーの紹介文も素晴らしい村上春樹「午後の最後の芝生」カバーの紹介文も素晴らしい

「ボーイ・フレンドはいます」「一人か二人。わからないな。どれほどの仲かはわからない。でもそんなことはべつにどうだっていいんです。問題は彼女がいろんなものになじめないことです。自分の体やら、自分の考えていることやら、自分の求めていることやら、他人が要求していることやらそんなことにです

依頼者の女性は「そうだね。あんたの言うことはわかるよ」と言うが、「僕」は自分の言葉が誰から誰に向けられたものであるのかがわからなくなっていた。

おそらく「僕」の言葉は、ついこの間まで自分の恋人だった女性に向けられていた。

仕事を終えた帰り道、「僕」は恋人からの手紙を心の中で反芻している。

「あなたは私にいろんなものを求めているのでしょうけれど」「私は自分が何かを求められているとはどうしても思えないのです」

姿の見えない女の子の部屋で、「僕」はかつての恋人と向き合い、彼女(恋人)が「自分の求めていることやら、他人が要求していることやらになじめていない」ことを追求していく。

この時点で「僕」が向き合っていたのは、もはや、依頼主の中年女性でも姿の見えない彼女の娘でもなく、ついこの間まで「僕」の恋人だった女性になっていたのだ。

それにしても、村上春樹の初期の小説には、夏がとても美しく描かれている。

「そんな風にして最後の一週間が過ぎた。夏だった。それもほれぼれするような見事な夏だ。空には古い思いでのように白い雲が浮かんでいた」「素晴らしい天気だった。女の子と二人で夏の小旅行に出かけるには最高の日和だ。僕は冷やりとした海と熱い砂浜のことを考えた。」

夏という季節は、青春小説を書くには最高の季節なのだ。

『中国行きのスロウ・ボート』は単行本よりも文庫本がいい

「午後の最後の芝生」は『中国行きのスロウ・ボート』に収録されている。

『中国行きのスロウ・ボート』は、1983年5月に中央公論社から刊行された村上春樹最初の短編集で、「午後の最後の芝生」は1982年9月号の「宝島」が初出。

『中国行きのスロウ・ボート』は単行本よりも文庫本がいい。

青春小説には文庫本が似合うし、なによりカバー背表紙の紹介文がかっこいいからだ。

そうだった。村上春樹の初めての短篇集『中国行きのスロウ・ボート』が安西水丸の洒落たカヴァーで出版されたのは、1983年の初夏のことだった。僕たちは我れ先にと取り合い、結局、二冊買って、どっちがよけいボロボロにするか、競ったものだ。

あれから三年弱、1986年が明けて早々、その文庫本が出た。この小さな書物が、新たなどんな思い出を作ってくれるのだろうか。嵐や小波はいくつかあったけれど、僕たちの大いなる夏は続いている。

全文を紹介したくなる文庫カバー紹介文なんて珍しい。

書名:中国行きのスロウ・ボート
著者:村上春樹
発行:1986/1/10
出版社:中公文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書ブログを立ち上げました。村上春樹さんと庄野潤三さんの作品をゆるゆる楽しんでいます。