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ノーマン・マクリーン「マクリーンの川」生きることに不器用だった弟が愛したフライ・フィッシング

ノーマン・マクリーン「マクリーンの川」生きることに不器用だった弟が愛したフライ・フィッシング
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ノーマン・マクリーン「マクリーンの川」読了。

ロバート・レッドフォード監督、ブラッド・ピット主演の映画「リバー・ランズ・スルー・イット」の原作として知られる「マクリーンの川」は、モンタナ州の大自然を舞台としたフライ・フィッシングの物語だが、同時に、支え合いながら生きる人々の姿を描いた家族小説でもある。

物語の語り手である「わたし」には二つの家族があった。

ひとつは、妻ジェッシーとのつながりから生まれている義理の母や義理の兄たち一家であり、もうひとつは、「わたし」の両親と弟ポールとで構成されている「わたし」自身の家族だ。

このふたつの家族には、それぞれに「救い」を必要としている人間がいて、それが義理の兄ニールと、実の弟ポールだった。

違っていたのは、ニールが家族の優しい援助の中で生きているのに対して、ポールは誰からの援助にも応じようとしないということだけだ。

最後の場面で、父は「わたし」に「あいつを助けることがこのわしにできたと思うかね?」と訊ねたとき、「わたし」は父に向かって「あいつを助けることがおれにできたと、父さんは思いますか?」と問い返す。

実際、弟ポールのトラブルを抱えた生き方を知っていた「わたし」は、幾度となくポールに救いの手を差し伸べようとするが、その試みは成功しない。

家族の厚い愛情によって支えらえれているニールが、決して幸福ではないことを感じたとき、ポールは「あいつひょっとすると誰かに助けてもらいたいと思ってるのかもしれないよ」とつぶやくが、それはもしかすると、彼自身のことでもあったのかもしれないのだ。

その不器用な生き方がいつまでも長くは続かないだろうということを一番よく知っていたのは、誰よりも弟ポールに他ならなかったから。

久しぶりに父と三人で釣りに出かけた日、ポールは素晴らしい魚を釣り上げて、父と兄の称賛を浴びるが、彼は「おれはロッドの使い方ではかなりの腕だと思うけど、魚と同じように考えるには、あと三年必要だと思うな」と語ってみせる。

もう一度「あと三年は必要だと思うな」と繰り返したとき、ポールには、自分に残された時間がもう三年もないということを、おそらく知っていたのだろう。

「そのうち、弟も、ニールのように、助けてやれたらな」と考えていた「わたし」の思いも空しく、ポールは自分らしく生きて、自分らしく破滅の道を歩み続けていったが、その歴史を変えることは、おそらく難しいことだったに違いない。

もしも「救い」があるとすれば、それは、ポールは「人間として素晴らしいやつ」だと、家族の誰からも愛されていたことだ。

まるで渓谷を流れる冷たい水のように透明な文章が、そんな物語を爽やかで読みやすいものにしてくれている。

中途半端なガイドブック以上に、フライ・フィッシングに必要な知識と技術を伝えてくれる物語

「マクリーンの川」は生きることに不器用だった弟を回顧するノスタルジックな物語だが、モンタナの渓谷を舞台に繰り広げられるフライ・フィッシングを抜きにして、この作品の素晴らしさを語ることはできないだろう。

中途半端なガイドブック以上に、この作品はフライ・フィッシングに必要な知識と技術を伝えてくれる。

フライラインが水中に沈んでしまうことのないようワックスを塗る場面は、細かいことではあるけれど、フライ・フィッシャーにとって極めて重要なポイントだし、釣り場の環境に合わせてフライをチョイスする場面などは、小説としては必要以上に細かく執拗に描かれている。

おそらく物語の多くの部分が、こうしたフライ・フィッシングの技術的な描写に割かれていると思われるが、一流の釣り人であった弟ポールの生き様を伝える上で、それは省略することのできないものであり、息子たちに釣りを教えた父の生き様を語る上でも、やはりそれは必要な部分であっただろう。

何より、人々が大自然と共存しながら生きていたという1930年代初頭のアメリカを理解する上で、魚釣りの場面は非常に重要な意味を持っている。

この小説を読んで、フライ・フィッシングへ出かけてみたいと思わなかったら、それは「嘘」だ。

失われた多くの物語が、この作品の中には刻み込まれている。

書名:マクリーンの川
著者:ノーマン・マクリーン
訳者:渡辺利雄
発行:1993/2/25
出版社:集英社

ABOUT ME
やまはな文庫
元・進学塾講師(国語担当)。庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。いつか古本屋を開業する日のために、アンチトレンドな読書ライフを楽しんでいます。