日本文学の世界

本庄桂輔『「学鐙」編集の思い出』丸善のPR広報誌と戦後学術史

本庄桂輔『「学鐙」編集の思い出』あらすじと感想と考察

本庄桂輔『「学鐙」編集の思い出』読了。

本書『「学鐙」編集の思い出』は、1985年(昭和60年)に刊行されたエッセイ集である。

訃報で辿る戦後学術史

『学鐙』は、1897年(明治30年)、西欧の学問を伝えることを主眼に創刊された、丸善のPR広報誌である。

初代編集長は内田魯庵、二代目編集長は水木京太。

戦時中、一時休刊していたが、1951年(昭和26年)復刊、三代目編集長・本庄桂輔のもとで、一流学者のエッセイ等を中心に、新機軸を展開した。

本書は、本庄桂輔が編集長を務めた1951年(昭和26年)から1984年(昭和59年)までの間、『学鐙』に掲載された本庄桂輔による「あとがき」を、抽出のうえ収録したものである。

『学鐙』33年間の歴史が集約されているわけだが、その最初の感想は”訃報が非常に多いということである。

本文中にも引用されているが、「人が死ぬ。このことがいちばんよく時代の移り変りを示す」という福原麟太郎の言葉を、本書は非常によく示しているような気がする。

例えば、最初の「田中館愛橘先生」(S27.7)は、物理学者・田中館愛橘の訃報に触れ、氏の思い出と功績を紹介する内容となっている。

この後、本書の中で訃報が紹介されている文化人を拾っていくと、S・カンドウ、辻善之助、永井荷風、中村清二(物理学)、辰野隆、佐々木邦、柚登美枝(新樹社)、佐々木茂索、小泉信三、小宮豊隆、安部能成、ゴードン・クレイグ(演劇評論)、三宅周太郎(演劇評論)、吉田茂、中山天柱(天理教)、河竹繁俊(演劇学)、ベラ・シック(小児科医)、長谷川如是閑、安藤鶴夫、伊藤整、岩田豊雄(獅子文六)、由紀しげ子(物理学)、鈴木信太郎(フランス文学)、瀧口修造(美術評論)、森田たま、泉靖一(文化人類学)、三島由紀夫、深田久弥、鏑木清方(洋画家)、志賀直哉、谷崎精二(英文学)、柏原兵三(ドイツ文学)、井手義行(英文学)、大佛次郎、鈴木力衛(フランス文学)、吉屋信子、岡田要(動物学)、深尾須磨子(詩人)、南原繁(政治学)、辻永(洋画家)、安藤煕(ドイツ文学・高木卓)、坂東三津五郎(歌舞伎)、中川善之助(法学)、内田清之助(鳥類学)、渡辺一夫(フランス文学)、佐藤正彰(フランス文学)、伊原宇三郎(洋画家)、坂西志保、武者小路実篤、龍岡晋(役者)、和辻照(歌人・和辻哲郎夫人)、吉田健一、内藤濯(フランス文学)、野尻抱影、大谷藤子(小説家)、小場瀬卓三(フランス演劇)、吉田正巳(ドイツ文学)、青木靖三(科学史)、渡辺照宏(仏教学)、大家呉茂一(西洋古典)、厨川文夫(英文学)、岡鹿之助(洋画家)、網野菊、小林秀夫(言語学)、田中西二郎(翻訳家)、古野清人(宗教社会学)、バーナード・リーチ(陶芸家)、和辻夏彦(英文学)、森岩雄(東宝)、荒正人(英文学)、中島健三、天野貞祐(哲学)、吉川幸次郎(中国文学)、高畠正明(フランス文学)、山田達雄(映画監督)、上林暁、河上徹太郎、福原麟太郎、湯川秀樹(物理学)、芥川比呂志(俳優)、木村毅(文学評論家)、高橋誠一郎(経済学)、西脇順三郎(英文学)、江口清(フランス文学)、斎藤勇(英文学)、三雲祥之助(洋画家)、諸橋轍次(漢学)、里見弴、八木佐吉(本の図書館)、渋澤秀雄(実業家)、森恭三(朝日新聞)、雨宮育作(水産学)、丸山熊雄(フランス文学)、仁田勇(結晶化学)、今泉篤男(美術評論)、水島三一郎(化学)、、、などと凄いことになる(やめておけばよかった…)。

改めて感じるのは、『学鐙』では、実に多くの分野の専門家がエッセイを寄稿し、学術的な文章を連載していたということである。

著者の言葉によると、『学鐙』は不思議に科学畠の専門家に愛されたらしい。

昭和33年のアンケートでも、『学鐙』の読者は、文系関係者よりも理系関係者の方が、ずっと多かったという。

科学者の文学的な仕事を支えたことも『学鐙』の功績の一つであって、文筆業を営みとしていない多様な知識人によって、『学鐙』は歴史を積み重ねてきたと言えるのかもしれない。

訃報の中には、故人の功績として多くの著作が紹介されているから、それだけでも、今後読んでおくべき書籍のリストができあがる。

知的好奇心を満たしてくれるエッセイ集

もちろん、本書は、訃報のみで構成されているわけではない。

書評的な記事も少なくないが、「『山の上に憩いあり』」(S59.5)は、『新潮』に発表された庄野潤三の作品を採りあげたもので、著者と庄野家とのつながりが紹介されている。

のちに生田からバスが開通して、私は庄野家の帰りに、バス停までお嬢さんが案内して下さったことがある。思えば私が初めて庄野先生の所へ伺った時はまだ赤ちゃんだったお嬢さんが、今は爽やかな対応で私を感心させて下さるのである。(本庄桂輔「『山の上に憩いあり』」)

河上徹太郎と庄野潤三との家族ぐるみの交流は、『学鐙』でも注目されていたのだ。

「文学碑」(S41.3)で紹介されている、民俗学・本山桂川の『旅と郷土の文学碑』(新樹社)も気になる。

「近代文学碑の数は目ぼしいものだけでも、全国で二千数百基を数えるそうで、本書には明治以前の各地所在の新旧名碑をも掲げてある」とあるから、よほど、まとまった書籍らしい。

「本書を杖に文学碑行脚を計画するのも面白い」とあるのは、まさにそのとおりで、今年は本ばかり読んでいないで、文学碑巡りのような旅行もしてみたいと思わせられた(いずれ読んでみよう)。

「モーム来たる」(S34.12)は、丸善で開催中のモーム展を、モーム本人が訪れたときのエピソードについて書かかれている。

『月と六ペンス』などで知られるモームは、戦後日本で大ブレイクした作家で、丸善のモーム展会場は、立錐の余地もない盛況だったという。

そこへ一人の女子大生が現われ、こけし人形を贈呈した。後でこの女子大生は旧師の福原麟太郎先生に”モームさんは私の心の中のお祖父様です”という手紙を出したといっている、と先生から伺った。(本庄桂輔「モーム来たる」)

大混雑の会場を一巡したモームは、翌朝またひょっこりと現れて、谷崎潤一郎『細雪』と三島由紀夫『金閣寺』『潮騒』の英訳本を買って帰ったという。

どの頁を開いても興味深いエピソードが綴られている。

幅広い知的好奇心を満たしてくれる、素晴らしいエッセイ集だ。

書名:「学鐙」編集の思い出
著者:本庄桂輔
発行:1985/06/25
出版社:白鳳社

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やまはな文庫
アンチトレンドな文学マニア。出版社編集部、進学塾講師(国語担当)などの経験あり。推しは、庄野潤三と小沼丹、村上春樹、サリンジャーなど。ゴシップ大好き。