日本文学の世界

田山花袋「蒲団」中年作家の性欲と嫉妬にまみれた寝盗られ文学の傑作

田山花袋「蒲団」若い女弟子を寝取られた中年作家の嫉妬と後悔

田山花袋「蒲団」読了。

本作「蒲団」は、1907年(明治40年)、『新小説』に発表された中篇小説である。

日本の自然主義文学を代表する作品としても有名。

こんなことになるくらいだったら、さっさとやっておけばよかった!

本作で最も有名なのは、物語のラストシーンで、主人公の中年作家<時雄>が、若い女弟子<芳子>の使っていた蒲団の匂いを嗅いで泣く場面だろう。

女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟の天鵞絨の際立って汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。(田山花袋「蒲団」)

時雄はなぜ泣いたのか?

芳子は、三年前に田舎から出てきて、時雄の家に下宿し始めた女子学生である。

将来、作家になるために、時雄の弟子になることを所望し、東京暮らしを始めたのだ。

時雄には、妻と三人の子どもがあった。

時雄が、若い女性と一緒に暮らすことを不安視する声もあって、一時期、芳子は、時雄の姉の家に下宿するが、男子学生<田中>と仲良くなったことを機に、再び、時雄の家へと戻される。

時雄には、若い女性を預かっている以上、責任をもって面倒を見なければいけないという大義があった。

どれだけ、芳子が美しい女性で、性的な魅力に溢れていたとしても、時雄は、必死に耐え忍んで、芳子の肉体に手を出したりはしない。

このあたりの、妻子ある中年男性の必死に我慢している様子は、意地らしくておかしい。

ところが、芳子と田中が恋仲にあるということを知ってから、時雄の生活は大きく乱されてしまう。

その最たるものが、芳子が、田中との間に肉体関係があったことを認めた場面である。

欺かれたと思うと、業が煮えて為方がない。否、芳子の霊と肉――その全部を一書生に奪われながら、とにかくその恋に就いて真面目に尽したかと思うと腹が立つ。その位なら、――あの男に身を任せていた位なら、何もその処女の節操を尊ぶには当らなかった。自分も大胆に手を出して、性慾の満足を買えば好かった。(田山花袋「蒲団」)

芳子が、既に処女ではないことを知って、時雄は半狂乱になる。

こんなことになるくらいだったら、さっさとやっておけばよかった!

日本の自然主義文学を代表する『蒲団』最大の見せ場は、カッコつけて紳士の振りをした中年男性が女弟子を寝取られて、「さっさとやっておけばよかった!」と後悔する場面である。

結局、時雄は、芳子の父親に言って、芳子を田舎へ連れて帰ってもらう。

芳子と田中との関係を引き裂いて、時雄はとりあえず満足するのだが、モヤモヤする気持ちは晴れない。

そこで、芳子の使っていた蒲団の中に我が身を包み、芳子の残り香を嗅ぎながら泣く。

さっさとやっておけばよかったよー、と。

だから、最終場面における時雄の涙は「後悔の涙」である。

気になる女性がいたら、体裁とか家族なんかに遠慮することなく手を出してしまえ。

「蒲団」は、世の妻子ある中年男性に、そんな勇気を与えてくれる小説なのかもしれない。

嫉妬に狂った中年男性はストーカーになる

若い芳子に夢中になっている時雄には、ストーカーじみた異常な行動がところどころに見られる。

例えば、芳子の留守に部屋へ入りこみ、芳子の手紙をこっそりと漁る場面。

(略)時雄は芳子の不在を窺って、監督という口実の下にその良心を抑えて、こっそり机の抽出やら文箱やらをさがした。捜し出した二三通の男の手紙を走り読みに読んだ。恋人のするような甘ったるい言葉は到る処に満ちていた。けれど時雄はそれ以上にある秘密を捜し出そうと苦心した。接吻の痕、性慾の痕が何処かに顕われておりはせぬか。神聖なる恋以上に二人の間は進歩しておりはせぬか、けれど手紙にも解らぬのは恋のまことの消息であった。(田山花袋「蒲団」)

芳子に内緒ということは、もちろん、嫁にも内緒の異常行動ということである。

ただの弟子に過ぎない芳子を、自分の若い恋人であるかのように錯覚し、愛する女性が他の男に寝取られていないかどうか、必死になって嗅ぎまわる──。

恐ろしすぎる。

恐ろしすぎるが、嫉妬に狂った中年男性の、この恐ろしさは、意外と、時代を超えて普遍的なものであるのかもしれない。

明治時代の古い小説だけれど、現代版の映画に仕立てることもできそうなストーリーだと思った。

作品名:蒲団
書名:蒲団・重右衛門の最後
著者:田山花袋
発行:2003/8/25 改版
出版社:新潮文庫

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じゅん
庄野潤三生誕100年を記念して、読書日記ブログを立ち上げました。庄野潤三さんの作品を中心に、読書の沼をゆるゆると楽しんでいます。